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 この町で密かに暗躍している団体は幾つかある。  俺の地下王国、預言者のガキが組んだ特捜隊、おてんばお嬢様の取調専門対策組、そして彼女の……何て呼べば良いだろう。  正義気取りの、だったか。  数年前、まだアイドルをやっていた頃は、輝かしい舞台の裏、彼女は悪を裁くことを使命にしていた。裁き……良い響きかもしれないが、悪く言ったらただのリンチだ……。  彼女のメイクさんの雫ちゃんが情報収集役で、彼女自身が執行者。素人のような役割分配だけど、成功率が高く、身バレは一度もなかったらしい。  彼女ら二人だけで悪事の根源を辿り、ストレートな解決策を施す。そうやって街の「平和」を勝手に守っていた。時には動物虐待の子供を懲らしめ、時には恐ろしい通り魔を傷だらけにしてから役所前の電柱に縛り付ける。彼女の視界に入れば、巨細問わず、見過ごすことはなかった。  しかしそれもあのライブまでだった。  あの日、彼女の18歳の誕生日ライブの日に、ひどい電流漏れ出し事故が起き、現場で数十人のスタッフが怪我を負ってしまい、そして数千人の観客がパニックだった。  そのせいであのライブが絶唱となり、彼女も止むを得ず引退させられた。本職を失い、それでも折れない彼女は正義の行使に力を尽くそうとする時、パートナーの雫ちゃんは現実逃避のように故郷に帰った。  彼女は1人になった。  …………。  あれから2年、正義の心はもう大分落ち着いたようだが、お人好しのところはまだ活躍しているらしい。彼女は出来るだけ自力で人を助けている。でも一人でどうにもならない時もある。たまには他の団体を頼ったりして……そしてごく稀な場合は、俺を頼ることだ。  この俺のような悪党に助けを求めるなんて、彼女にとっては気持ち悪いこの上ないことなんだろう。  それでも助けを求めた。  それだけのお人よしなんだ。  〇  いつものカフェーって言うのは、別にしょっちゅう彼女と仲良く飲んでいたわけじゃなくて、ただ俺がここで飲むのを数回目撃されただけだ。  大学の授業をサボって昼夜問わずいつも街をうろうろして「使命」を果たす彼女だから、見つかったってしょうがない。それに深夜あたりにこのカフェーで飲むのは俺の他にいないようだ。  ドアを押し開けると、定番の鈴の音が一回鳴った。 「お!おはよ。曳橋君」  先に挨拶して来るのは店長の古如正兼(ふるしきまさかね)である。長髪の三十代のおじさんで数少ない会話出来る人間の一人だ。趣味の守備範囲は悍しく広く、美食から音楽、化粧からスポーツまで……。昔はバーテンダーをやっていて、何かのくじに当たって大稼ぎしたので自分の店を開いたそうだ。 「今日はお友達いるようだけど、あの……まさかとは思うけど……あの方はもしかして……」 「お前。本当に守備範囲広いな。未成年アイドルにも興味あるとは」 「あの時はね!今はもう21だろ!」  そうか。もう21なんだ。我ながら驚いた。15歳に初めて会った時と殆ど変わっていない気がする。  それにしてもこのカフェーに通い始めたのは3年前だった。店長が今になって初めて彼女のことを聞くってことは、3年の間、彼女は一度も来たことないのか?なのに何故この店の絶品であるケーキを知ってるんだ。  謎だらけだな。 「どうなんだよ!曳橋君!あの子、楓ちゃんだよね!」 「あーー!そうだよ。モ!ト!アイドル!の宙野楓だぞ。大いに喜べ!」  わざと大声出して、俺の到来を隅っこにいる二人に告げる。  店長は勿論大いに喜んでいる。彼のスマホも。  ウキウキするスマホが震え続けて、まるで自我が覚醒したように、彼女の写真を撮りたくてしょうがなかった。それを全力で抑えているように店長はスマホを強く握り締め、額に汗が出そうになる。  身バレの状況を無数に乗り越えてきた彼女だから、きっと対策があるだろうと俺は思って、彼女の対応を期待してたけれど……。  まさかの無反応だった。撮られてもいいってことなのか。  視線はこっちを向いていたが、俺の声が聞こえなかったように彼女は何も言わずに、冷たい顔をしていた。  代わりに連れの千坂伽内丸(せんざかとぎうちまる)が俺を呼んだ。 「つまらない真似はよしてください。こっちに」  紛らわしい名前だと思われるかもしれないが、それは訳ありなんだ。その訳が深くて深くてこの面倒くさがりの俺でも流石に納得しなければならないぐらいだった。  本名は千坂伽内丸。  世間での呼び名は千坂伽内。  親しい友達は時には彼女のことを「トギ」、時には「ウチ」、時には「マル」と呼んでいる。  トギと呼ばれる時、恰も見た目のような強い女性なんだ。格闘技と偵察能力を用いて、警察の仕事をやりこなしている。  ウチと呼ばれる時、まるで男のように振る舞い、IT方面の知識が充実しているが、コミュニケーション能力が途端に下手になる。  マルと呼ばれる時、世界の何もかもに新鮮感を持つ子供がワイワイするようにはしゃぐ。  ここまで説明すればもはや明白であろう。  彼女には三つの人格があるんだ。それが中途半端なやつではなく、三人が平和に同じ器で生きるような完全体だ。そのほか、何か別の謎の能力もあるようだ。そこは触れないでおく。  今俺と会話するのは宙野楓の友達としてのトギだ。いつでも俺を逮捕することができる危険な女である。  宙野は静かに横に座っていて、どこかの淑やかなレディーに見えた。しかし指摘したいところもある。特にちょっと距離を置いた俺の今の視点ならではの発見がある。  それは宙野が太ったことである。  彼女自身は百パーセント認めないだろうけど、それは間違いないのだ。OLみたいなスラックス着ているものの、どことなく前より緊縛感があって、胸あたりも一回り大きくなった。まさか21歳になってまだ発育が進行しているなんて言わないよね。幸いなことに、太ももあたりはまだ健康的だ。維持してほしい。  それに比べて千坂は贅肉とは無縁な筋肉発達したボディーで、日々の鍛錬は遊びじゃないって証拠だ。そこは宙野にも見習ってほしいところだが、見習わなくても大丈夫だ。  時間は貴重だ。席に着くと、俺はさっさと本題に入る。 「ケーキは?」 「注文したよ。安心して」  宙野楓の微笑みは明らかに俺に対する嘲笑いだ。俺は恥ずかしいことなんて何も言ってないという確信を持ってる。彼女が勝手に約束したから、あくまでの確認として聞いたのに何が悪い?  それにしても警察の一員の千坂が何故いつも彼女の我が儘に付き合うか、それは長きにわたって疑問に思うことだ。立場的には、二人は正反対と言っても過言ではないはずだ。 「千坂警官は暇だね。でも良いことだ。街が平和になりつつある証拠ってやつさ」  テーブルに置いてあった冷や水を一口啜って、俺は千坂に挨拶の言葉をする。  千坂は俺を一目して、その目に何の感情もなかった。  流石のプロ、俺の皮肉にちっとも動揺しない。 「ね、トギ、この人と距離を取ったほうがいいね」  この人っていうのは勿論俺のことだ。宙野はさりげなく失礼なことを言った。 「そうですね。気をつけないと」  そうは言っても、千坂には警戒な顔が一切見えない。彼女なりに俺への対応法があるはずだ。 「そう言わずとも。お前に何かあったら、お友達の宙野様が俺を消すから。そうだろう」  宙野は回答せず、本題に切り込む。 「幸せの屋台についてはトギから聞いた。やっぱりおかしいね。占い師が幸せを届けるなんて」 「言ったろ?危険なヤツだって。占い師っつったら、預言者のガキもそうだろ?でも彼の力じゃ未来を見るしかできないだけど、あの屋台野郎はもしかすると干渉すら出来るぞ」  だから俺は最初から預言者のガキに頼めって言った。物足りないかもしれないが、能力の質が近い。どのみち俺より役に立つに違いない。 「でも頃葉(ころば)君たちはほかの調査してるのよ。今すぐ戻れとはとても言えないの」 「じゃあ俺には言えるんだ!俺だって忙しんだ。ボードゲームの研究に明け暮れてる。ったく、あのガキ、今頃仲間たちとバーベキューでも楽しんでるだろうなあ。それと比べて俺は朝6時に呼び出され、なのにケーキひとつも食えない」 「もうすぐ出来上がりですよ!」  店長が突然大声でこっちに向かって喚いた。 「盗み聞きするんじゃない!」  失礼な店長に、俺は我慢できずに怒鳴りつける。でもしょうがない。宙野がこの場にいる限り、どうしても彼は聞き耳を立てるだろう。幸いなことに、周りに客がいなかった、でないと乱暴な変人だと認識されてしまい、これからここで飲むのが辛くなる。 「ちょっといい?私の考えを聞きましょうか。そのことの本質と言えば、坊やが言葉を失うことです。失うというのは、喋り方を忘れてるでしょう。それ、君の催眠で出来ることでしょうか?」  トギのとげとげしい発言が明らかに俺を疑ってる。 「ああ、そうさ。確かに俺なら、催眠で1発で出来る。でも第一、動機は?」 「いえ。そういうつもりではない。他の考え方があるって言いたいです。そのことに関しては前から言いたかった。君がいつも調査に協力しないため、なかなか話すチャンスがありませんでした」 「お前の取り調べに付き合う訳ねえだろう。で、なんのこと、今なら聞いてやるぞ」  一応催眠能力を活かして街の最新情報を随時に把握してるから、彼女の言いたかったことはどうせ聞き飽きた情報に違いない。しかし彼女の次に発した言葉はあまりにも衝撃的で、目眩がするくらいだった。 「もう一遍言ってくれ。なんだか俺の耳ちょっとおかしくなった」  俺の請求に、彼女が、いえ、彼――ウチが応じてくれた。 「曳橋落夢、お前のことを信じるのを前提にすれば、最近の状況と照らし合わせて僕はこの結論に至るしかなかった。催眠能力、もしくはそれと似たような力の持ち主はお前だけじゃない。もう一人いるはずだ」  ウチはちょっと人の付き合いが悪いけど、言ってることは大体事実に基づいて、その上慎重に考えてから至った結論だから聞いてみる価値はある。でも今回ばかりは納得しかねる。 「バカいうな。能力は遺伝子でしか継がないってお前だって分かるだろ?俺の両親はとっくに死んだ。それともなにか?親父が浮気で隠し子がいた?彼は28歳に死んだぞ。隠し子できるほどの時間はない」  親の2人の死体をこの目で確かめたから間違いはない。隠し子の推論も成立しない。両方無職の親父と母さんがいつも家に引きこもって、互いに見張れる立場だったから。 「まだ分からない。調査中だ。気に留めておいた方がいいって言いたいだけ。それじゃあ」 「ふざけたことを。ふん。お前の熱心に感謝だな」  しばらく沈黙の空気が漂っていた。それを破ったのは盛大に登場するケーキである。  宙野のおかげか、いつもよりずっとでかいスケールで、表面の鮮やかな配色がその甘さを直接伝えるように煌めいている。飾りにも拘りが見える。真ん中に青い一線が流れ川のようにケーキを二つに分け、蒼色の兎が大樹に寄り掛かり、対岸には薄緑の擬人化された草たちが微笑むのを描かれている。この絵は彼女のかつてのイメージ、そしてファンたちを象徴しているらしい。でも彼女が兎か……そんなけ弱いイメージじゃねえだろ。  そもそも俺が食うケーキだぞ。なんであいつの要素満載か! 「ああ!店長。なるほど~全ては過ぎた栄光だ。そんなどうでもいい過去、俺に食い尽くしてほしいっていうのか!わぁった。叶えてやる。店長よ!」 「やっ!違う。そうじゃないよ!」  極力に手を横に振って否定する古如店長に、宙野は素っ気ない顔でいた。 「おうえん……応援です」  微弱な声で弁解する彼だが、俺は容赦しない。 「元アイドルに応援はいらない」  それを言い出した途端、さすがに言い過ぎだと思った。が、撤回する気はない。  俺はこういう設定の人間だ。人に思い遣りがない。相手が誰であろうと。  宙野はどう俺にがっかりするか、千坂は友達のためにどう俺を罵るか、期待しながら二人を観察する。 「元でも!アイドルじゃなくなっても、応援です!幸せな人生を過ごすことを祈る。俺たちファンは、彼女の笑顔を糧に生きていた。早かったけど、あんな舞台もいつかは終わりを迎えるってみんな覚悟していた。でもいくら他の人に情が移しても、大好きだと喚く相手が変わっても、心の隅に、あなたの位置はずっと残っている。過去は消せないんだ。過ぎ去った栄光も俺らの過ぎ去った青春だ。あの輝かしい宙野楓は全部演技だとしても、俺らが流した涙は本物だ。そして引退を発表するあの日に送った祝福も、本物だ」  古如がぺらぺらとそう言い張った。そのセリフはずいぶん時間かけて考えてただろう。 「お前、本物だな」 「うん」 「恥ずかしくないのか」 「恥ずかしい」  料理を載せるトレイを胸元で必死に掴み、大人に似合わない恥ずかしさを抱いて頭を下げた。 「じゃあ仕事に戻りな」 「ああ、そうさせてもらう……」  真っ赤な顔で彼はバーのところに戻った。  俺が夢中にケーキをエンジョイするうちに、いつのまにか、カフェーで流れる音楽が宙野の曲になった。それ確か、『闘士11号』というあるシューティングゲームの主題歌。 「良い声だったじゃないか。元アイドルさん。歌詞は自分で考えたのか?」 「まるで初めて聞いたような口振りだね」 「当たり前だ。アイドルなんか興味ない。ましてやお前の曲だ」 「引き出しに私のアルバムがあったじゃないの?聞いたことない?」  おおおおお!!何故それを!あっ!あの時か!? 「人が寝る時に何を勝手に!」 「なかなか起きないから、ちょっと見回っただけ」  それにしても来栖の野郎、絶対犯行見ただろ。にしても俺に報告すらしなかった。奴らを引き続き養うかどうかは考え直す必要があるな。  二人は笑顔漏らさず、会話もなしに俺がケーキを完食するのを見届けた。なんで何も言わないだろうと思う部分はあったけれど、甘味を口に運ぶのが忙しいので、構う余裕がなかった。 「食った食った。ごちそうさまだな。ではそろそろ帰って寝ようかなーっと」  立ち上がろうとすると、二人の白眼が針のように刺さってくる。一種の奇妙な力が故に、俺は腰を下ろさせられた。 「惚気話はその辺で、用事を続けましょうか。私7時から仕事なんですから」 「いつ、どこでそのような話したかはさっぱり。千坂警官の記憶が混乱してる恐れがあるぞ。仕事に行く前に病院に行ったほうがいいぞ」  宙野にも否定して欲しかった。けど今日はあまりいい機嫌には見えない。   さっきの店長のパフォーマンスと関係なく、何やら思い詰めたことがあるらしい。っていうかあんなに愛情の込めたファンの祝福を、彼女は何の感謝の言葉も無かったとは。冷血な女だ。  目はいつもよりも虚で、よく見たら髪の毛もちょっと乱れてる。淡いピンク色の口紅がちゃんとついているが、少しはみ出した部分もある。それが明らかに彼女のポリシーに反している。  何か変だ。  彼女は変人だということはとっくに知った。人の言うことを聞かないし、自己中で気持ち優先だった。まずい料理をごくりと吞み込み、熱いコーヒーだって平気で喉にそそぐ。食事は彼女にとってはただの生存本能で、享受には程遠い。それだけ変な女でも、今の様子は初めて見た。 「ちょい待ちな。お前なんか変じゃない?昨晩ガキの看病し過ぎたか?」  千坂もとっくにそれに気づいた。あえて聞かなかったのは、無条件で宙野を信じていて、向こうから口を開くのを待っていたからだろう。  でもいざ俺が直接に聞くと、彼女も真剣に宙野の顔を見つめる。これは歪んだ友情だな。 「いえ……いつものやつだ」  いつものやつ。  青ざめる顔色、無力な口振り、震えが止まらない手。そしてこんな異常が進行しているのに、彼女の顔から苦痛というものが見えない。それが彼女にとっての、いつものやつだ。 「一旦中止だな」 「悪い。私には仕事が……楓を病院まで運んでくださいませんか」  情なき千坂は立ち去った。
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