報いとお礼

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報いとお礼

 ワードに打ち込んだ原稿がありえないフォントで文字化けしたり、追記した部分がごっそり抜けていたり、パソコンの画面がフリーズする頻度が多くなるに比例して文机で唸っている私を覗き込むような息遣いや「うふふ……ふふ」と笑いかけるような声を聞いたりしながらも、どうにかこうにか朝田さんとやりとりをして、推敲原稿を何度か直したのち、あと一回見直せば、どうにかウェブの小説投稿サイトに掲載することができそうだ。  同時に、じめじめとした湿気がまとわりつき、蒸し暑かったりうすら寒かったり、洗濯物がなかなか乾かず悶々としてしまった梅雨が終わり、じりじりと焼け付くようなまぶしい日差しが朝早くから差し込む、本格的な夏が到来した。  およそ一ヶ月かかった今回のルポルタージュ、もとい実体験における怪談「実話怪談」は、私にとっても、書き手が影響を受けることもあるというリスクを思い知らされた感慨深い存在となったのである。  そういえば、ありえないフォントで文字化けしていた文章の間には、誰かが私の見ていない間に仕込まれたよう「ヤメロ」とか「ダマレ」などの赤で色付けされたゴシック体の太文字が混ざっていたりしていた。  いなくなった藤吉さんではないことは確かであり、権藤か霧島どちらかが私の筆を止めようと必死に抗っている明らかな証拠に他ならない。  自分たちにとってはしごく都合が悪い私と朝田さんの行動に対して、今までしてきた嫌がらせ行為と、それによって傷ついた人に対する耳かき一杯分程度の疾しさがなす現象だ。  なれてしまうと、なんだか怖さよりも滑稽さが勝って、笑えてきてしまう。  入院中なのだから、治療に専念すればいいのに。 「もうアップロードしたし、バックアップもしていますので……あしからず」  ひとりごちて、我ながら性格が悪いとはわかっているが、にやりと口の端に笑みを浮かべる。  こちらだってバカではないため、面倒だけれどCD-Rへデータをバックアップし、さらにクラウドにも保存して、コンビニで印刷してから修正箇所を手書きしてから打ち込むというやり方でしのいだ。 また録音データもパソコンとスマホだけでは心許なく、クラウドやCD-Rにも原稿と同じように保存して、こちらも一日に何度か確認して、機密文書でも取り扱っているかのような厳戒態勢を強いた。
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