報いとお礼

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 言い訳になるだろうが、手紙を読んだ当日に原稿へ起こそうという気持ちになれず、一度自分のなかで受け入れて整理してからでないと書けないと感じてしまったからだ。いくら仮名や架空の地名を使っていても、当事者にはきっと「ああ、あのことだな」と気づかれてしまうだろう。わかっていて依頼してきた朝田さんと、引き受けた私もすでに組み込まれてしまっている。他人事のふりも、逃げることもできない。  部屋がどうにも粉ミルクの匂いが濃くなってきて仕方ないので「出て行って」もらうために喫煙する量が増えた気がする。  灰皿をこまめに取り替えても、すぐに吸い殻がたまり、出不精なゆえカートン買いしているからなおさら悪循環だ。最近ニコチン臭いよ、とイベントに赴いたとき同年代の怪談書きに言われたことがある。私とは正反対にふんわりとソフトな雰囲気を持ち、ギャザースカートや巻いた髪が似合う彼女は可愛らしく、文章も細やかで美しい。  丁寧さと遊び心の両方が必要だから甘くないよ、と手厳しい意見を最近デビューし、新刊を出す頻度が高いこととストーリー展開が斬新だと脚光を浴びているが、気さくで派手すぎると古参に煙たがられているホラー作家に言われたんだった。  クロコの型押しをしたコーヒー色のレザージャケットとパンツのセットアップにシルバーブロンドでスカイブルーのカラコンという派手派手しい格好をした、とてもじゃないけれど作家というイメージには程遠い人物だったことと、忠告だけは記憶している。  藤吉さんがいなくなった夜以降、私と朝田さんも会うことをやめてしまった。仲違いしたわけでもないし、互いに嫌いになったわけでもない。  会うことで様々な「想い」や「願い」が増幅することを恐れ、避けるためなことは言葉にせずとも察することはできた。決してポジティブではないそれらが権藤と霧島に牙を剥き続けることは間違いないけれども、こちらにまで飛び火することもあるかもしれない。  感情がたかぶれば、なおさらだ。  私に対し嫌な感情は持っていないことを証拠に、ラインではほぼ毎日やりとりしており、朝田さんは社内の様子や権藤、霧島の状況を細かく報告してくれ、私は原稿の進捗からアップロード前の最終確認依頼や、それに伴い身の回りに起きていることなどを報告している。
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