【第九話】特別な日をあなたと

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 芸術品とも呼べるような繊細で美しい料理に舌鼓を打つ。  奏が事前に手配しておいたのか、ドリンクにはノンアルコールカクテルが用意されていた。  フレンチと言えばワインだが、二人ともアルコールに弱く、こんな素敵な場所で醜態を晒すわけにもいかなかったので、この気遣いには正直助けられた。  次々ともてなされるコース料理を、二人はじっくりと堪能してゆく。  そんな時間はあっという間に過ぎてゆき、最後のデセールも済ませてしまうと、食事前に思い悩んでいたことは杞憂だったことを思い知らされる。  安心なのか、落胆なのか、よくわからない感情になってしまうも、そもそも付き合っていないのだからプロポーズされる筈なんてないだろうと自分に言い聞かせた。 「すごく美味しかったね。本当に……特別な日になったと思う」 「うん。真琴の誕生日にこうやって二人で過ごすのは初めてだから、僕にとっても特別な日になったよ」 「いつもありがとう」 「お礼を言いたいのは僕の方だよ。じゃあ、帰ろうか」  奏がそう言うと二人はレストランを何事もなく後にした。  本当に食事をしただけで、その他に特別な会話などなかったことに少々戸惑うも、真琴は奏の腕に掴まりながらついて行く。  外に出て早々、奏はタクシーを呼ぼうとしたが、真琴はすぐに帰るには惜しいくらいおめかしをしているし、少し夜風に当たりたい気分だった。  真琴が一駅分だけ歩くことを提案する。  勿論、奏がその提案を断る事はない。  真琴は奏の腕をより一層引き寄せるように掴み、高層ビルが並び立つ夜の都会の街を二人は寄り添って歩く。 「今日、真琴が考えていたことを当てようか?」 「え?」 「プロポーズでもされると思った?」 「!」  図星を当てられ、掴んでいた腕に思わず力が入ってしまった。  恥ずかしさで言葉にならず口をぱくぱくとさせている真琴を見て、奏は余裕そうな笑みを浮かべた。
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