【第十一話】どうしても欲しい

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「お前は別にそのままでも……」  恭平がモゴモゴと何かを言おうとしたその途端、真琴のスマホが鳴った。  取り出して見てみると、奏からの着信だった。  夕食の準備をするけど時間は大丈夫そうかという問いに、真琴は今すぐ帰るとだけ伝えた。 「ごめん、やっぱり急ぐからいいや。あ、タクシー!」  偶然通りかかったタクシーを運良く拾えたので、そのまま後部座席に飛び乗る。  扉が閉まる瞬間、恭平の方をちらりと見ると、恭平は眉を吊り上げてこちらを睨んでいた。 「クソブスが!」  あと数センチで扉が閉まるというタイミングで、恭平は暴言を吐き出した。 「はああ!?」  思わず声が出てしまうも、すでに扉は閉じてしまった。  これ以上恭平を相手にする必要などないと、イライラしながら運転手に行き先を告げ、奏の待つ家へ帰る。  十数分後、無事に帰宅すると、夕飯の準備がほとんど整っていた。  ちょうどいいタイミングで帰ってこれたようだ。 「おかえり。予定より遅かったんだね」 「うん、なんかいろんな人と偶然会っちゃってね」  真琴もキッチンに並び、残りの準備を手伝う。  やっぱり奏と過ごすこの日常が、とても暖かくて居心地が良い。  彼の嬉しそうな顔を見ていると、心が安らぐ。  夕食の準備が整うと、二人は日常会話をしながら食卓についた。  居候を開始した当初とは比べ物にならないくらい、心の距離が近づいたと思う。  業務連絡のような会話しかしなかったのに、今はどうでもいいようなたわいのない話に花が咲く。  しかし、そのたわいもない話の腰を折ったのは真琴の方だった。  真琴の視線は、自信なさげに弱々しくも、相手の目をまっすぐ見て、曲げたくないという意志が感じられた。  奏もその視線を真っ向から受け止めて、見つめ返していた。  真琴がゆっくりと口を開く。 「ねえ、今日、そっちで寝たいんだけど……いいよね?」 【第十一話 終わり】
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