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スーパーで順調に食材選びをしている際、ふとお酒コーナーが目に入った。
(……そういえば、奏ってお酒は飲めたっけ?)
彼とお酒を嗜んだことはないし、その手の会話もしたことがない。
だけどあの完璧超人だ。お酒くらい人並みに飲むことはできるだろう。
一緒にお酒でも飲んで、本音で会話したら、少しは彼の考えを理解することができるかもしれない――そんなことを考えているうちに、自然と手は商品棚へと伸びていった。
恩人となってしまった天敵への感謝の気持ちから、歩み寄ろうという彼女なりの努力の顕れであった。
夕方六時を回ると、夕食を手早く作り、またビジネスライクのような会話をぽつりぽつりと交えただけで、本日最後の食事を終えた。
今日の奏は昨日のように変なところで固まったり、上の空のような様子はなかった。
それは、衣類を入手した真琴はもう奏の部屋着を着ていなかったため通常運転に戻っただけであるが、真琴にはそんな事情を知る由もなかった。
二人で食器類を片付け、奏はリビングに移動した。
真琴は冷蔵庫に入れていた缶ビールを二本取り出し、同じくリビングに足を運んだ。
缶ビールを持つ真琴の姿を見て、奏は珍しくぽかんとした驚きの表情を見せた。
「アンタとお酒を飲んだこと無いと思って買ってみたの。一緒に暮らす上で、私たちもう少しお互いを知る必要があると思って。お互い素直になるために、今日はこれを飲みます」
「素直じゃないのは真琴だけじゃない?」
冷静にツッコまれ、真琴は顔を赤らめた。
恥ずかしさを隠すように片方の缶ビールを相手のほうにぐっと勢いよく差し出す。
「う、うるさい! 良いからホラ! お酒くらい飲めるでしょ!」
「いや、僕は……」
せっかく彼女なりに距離を縮めようとしたのに相手が乗り気になっていないのを感じ取ると、余計に恥ずかしくなり、少し目が赤く滲んだ。
その様子を見て、奏は妥協したように少し微笑んだ後、「一杯だけだよ」と言って真琴をソファの隣に座らせた。
こうして初めての飲み会が始まったのだが――……。
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