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特に声をかけることもなく淡々と出社の準備を進め、玄関へ向かっていく奏を目で追う。
玄関まで送り出すべきかどうか迷ったが、恋人なわけではないのだからそこまでするのもおかしいだろうと思って、目線だけは玄関先を見据えていた。
奏は黒の革靴を履き、玄関のドアに手をかけた瞬間、こちらに振り向き話しかけてきた。
「キスってオキシトシンが分泌され、幸福度が上がるから沢山した方が良いらしいよ」
そのまま流れるように扉を開けると外のまぶしい光が入り込んだ。
奏はそれだけ言い残し、外の光へ消えていってしまった。
ゆっくりと自然に閉じゆく玄関扉を見つめたまま、真琴は呆然と固まった。
彼は昨夜のことを覚えていた――!
ホラー映画のようにゾっとした感覚が全身を包む。
いつも通りのフリをして、最後の最後に爆弾を落とすなんて、本当に意地が悪い男だ。
昨夜のことは忘れているだろうという真琴の勘は見事に外れていた。十分真琴の反応を楽しんだうえでの確信犯であった。
昨夜、真琴は自らキスの許可を出し、結果何度も唇を重ねてしまった。
旧知の仲だからこそ、彼が用意周到に外堀から埋めていく性癖の人間であることを存じている。
これからどのようなことが待っているのだろうか……顔色だけがどんどん真っ青になっていくが、今も視線は玄関扉に釘付けのままだった。
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