【第一話】愛などなくとも

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 朝の一悶着のことはさておき、お昼の一時を回った頃、真琴は元々住んでいたアパートを訪れていた。  当然ながら、自分の部屋を覆っていた炎と煙はもうなかったが、壁一面が真っ黒な煤で覆われており、変わり果てた我が家の姿になんとも言えない気持ちになった。  本日ここに来た理由は、部屋の解約の手続きを済ませるためだ。  大家は真琴の顔を見ると、自分の監督が行き届かなかったことを謝りだした。  すでに色んな人への説明や謝罪などで疲れているのだろう、肌色はいつもより暗く、目の下のクマもひどくなっていた気がした。  真琴はひとまず住処を確保したこともあり、この大家への怒りの気持ちなどは微塵もなかった。  このアパートには合計六部屋あり、燃えた部屋は三部屋、無事だった三部屋は、一つが空き部屋、残りは大家と別の住民が住む部屋だった。  築三十年のボロアパートだったこともあり、改修はせず取り壊しをするらしい。  今住んでいる住民が半年後に退去するため、その後に解体工事が入るのだとか。  肝心の出火元の〝山本さん〟は火事の日以降消息が掴めず、夜逃げをしたのだろうと大家は語った。  必要な手続きを終え、真琴は居候先のマンションへと帰宅する。  そういえば、本日の夕食は誰が作るのかまだ決めていない。  奏に連絡をして決めるべきなのだろうけど、〝朝の悪意〟を思い出すと胃がムカムカするので連絡をしたくない。  その問題については今は思考すらしたくないので、ひとまず放置し、次は自分の会社へ連絡をする。  思ったよりも良い環境で生活できているため、週明けにでも復帰するということを上司に伝えた。  上司は急ぐ必要なんかないのに、と言ってくれた。  それもそうかと思い、今はせっかく勝ち取った休暇を思う存分満喫しようと思い、布団の上に転がった。  夜の七時を過ぎた頃、奏が帰宅してきた。  真琴はその物音で目が覚める。いつの間にか寝落ちしてしまい、今の今まですっかり眠ってしまっていたらしい。
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