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半分開ききっていない目のままキッチンへと向かうと、机には食材の入ったレジ袋が置いてあり、奏は夕食の準備をしようとしていた。
「おかえりなさい」
「寝てたの?」
「そうみたい……今起きた」
「お目覚めのキスはいる?」
「次その話したら本気で怒るわよ」
「はいはい。今から夕食作るから、座って待っててよ」
「……ありがとう。……私が準備してないこと、よくわかったわね」
「真琴が作る時は絶対主張してくると思ったから」
真琴の思考と行動を完全に理解しているかのような口振りだった。
現に思い当たる節があるので真琴は何も言い返せず、リビングのソファに向かった。
いつもこの二人の会話は必要なことだけを話す。
本日の夕食も特段会話が弾むことはなく終了した。
食後、奏はリビングのソファに座り、日課のようにパソコンを眺めていた。あんまりテレビは見ないらしい。
奏が座るソファの横に、少し間を空けて真琴が腰掛けた。
「あの、昨日の……ことだけど」
いつも強気で勢いのある真琴が、照れ隠しに目を逸らしながら、震えた声で話し出す。
「その話題、禁止じゃなかったの?」
「確認が必要なことがあるの!」
奏は何も言わず、相手の話の続きを待っている。
「昨日の〝アレ〟は演技? 本当?」
相手の真意を見極めるため、疑いの眼差しで奏を見る。
奏は真顔でその瞳をじっと見つめ返す。
この数秒の沈黙に真琴は心臓が痛くなる思いだった。
「お酒が飲めないのは事実だよ。だから今まで隠していたんだけど……酔った時に何を考えてたとか、どういう気持ちだったかとかは覚えてないんだ。でも、起こった事実だけは……割と覚えてるかな」
奏の告白を聞いても、まだ真琴は疑惑の目で見つめている。
証明ができない事柄に、奏も眉を八の字に歪め、さすがに困った様子だった。
「嘘じゃないよ。信じて欲しい。もう今後お酒は飲まないって約束するから」
胡散臭い男ではあるが、十年以上の付き合いの中で、彼が真琴に嘘をついたことはなかった。
今回の言葉も、嘘をついているようには思えなかったので、真琴は疑惑の目を向けるのはやめた。
「わかった。信じる。じゃあ、この話はもうおしまいね」
「待って、こっちからも一つ確認したいんだけど」
一方的に話題を終わらそうとしたのに、「待った」がかかり、真琴はギクリとした表情を浮かべる。
この男に何をツッコまれるのかと身構える。
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