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「どうして、あの時頷いたの」
あの時――酔った奏がキスの許可を求めた時、真琴は反射的に頷いてしまった。
その結果、二人の唇は重なってしまったのだった。
奏の声色は落ち着いていたが、その目元には戸惑いが滲んでいた。澄ました顔をしていても、きっと彼も昨日のことは理解が追い付いていなくて、心の底では不安を飼っていたのかもしれない。
「それは……その……私もあんまり……」
「真琴、僕は正直に答えたよ」
奏の真っ直ぐな瞳に圧倒される。
真琴は相手が誠実ならば自分もそれに応える性分だ。もちろん相手が天敵であってもフェアでいたいと思う。
「私も酔っていたし、突然のことでパニックになってしまったから、自分でも本当に理解できていないの……。でも、そうね、あの時は……キスしても良いかもって思っちゃったの。それがなんでかは、私でもわかんないの」
「真琴はあのキス、気持ちよかった?」
「な! 何言ってんの!? 確認は一つだけって……」
すると奏の右手が伸びてきて、真琴の顎を引き上げる。そして親指で唇を優しく撫でた。
「もう一度したい。今度は酔っていない状態で。だめかな?」
あの時と同じ、掠れ声で甘えてくる。
ドキドキと鼓動が早くなる。庇護欲をそそるような甘えた仕草にたまらない気持ちになった。
初めて真琴は自分の性癖を実感する。
自分は甘えさせてもらえるのではなく、甘えられる方がグッとくるのだと――……。
昨夜のキスだって、正直言うと心地が良かった。
好きでもない相手にキスだけであんなに感じるなんて、余程体の相性が良かったか、もしくは背徳感からの興奮か……。
何にせよ、今まで感じたことのない激情に突き動かされていたのは事実で、あの時のことを思い出すと今も激しく心を揺さぶられ、体の芯がじわりと熱くなる。
また同じ経験をすると思うと、胸の鼓動が思考を遮るくらい大きく高鳴り、まともに思考できなくなる。
緊張、好奇心、情欲、背徳感、いろんな感情がごちゃまぜになり、真琴の震える唇から小さな声が漏れる。
「キスだけなら……いいよ」
まさかの回答に奏の瞳は一瞬見開いたが、すぐに微笑み、真琴の腰に手をまわすと、優しく抱き寄せた。
うっとりとするような瞳で真琴のことを見つめた後、ゆっくりと唇を重ねる。
しっかりと重なった唇は、貪るようにしてなかなか離してもらえない。
しかし、強引ではなく、優しいキスだった。
唇は重なったまま、奏の唇が開こうとする。つられて、真琴の唇も開かれた。
すると、奏の舌が真琴の舌に絡みつき、丁寧に舐め回す。
「ん…、はぁ…あ…っ」
吐息混じりの声が漏れる。部屋には唾液の水音と二人の吐息だけが聞こえる。
「んん…ぁ、ん…っ、はぁ…っ」
数分間、二人は唇を貪り続けた。
ようやく奏の方がゆっくりと顔を離していく。恍惚とした表情で、頬は紅潮し、その瞳はギラギラと輝いていた。
「はぁっ、はぁ…」
「真琴の唇、気持ち良い」
「ぅん……」
奏は最後に一度、短く優しいキスをして、天使のごとく純粋無垢に微笑んだ。
その男の表情に、仕草に、視線に、真琴は激しく揺さぶられる。
――この感情は一体なんなのか。
「約束は守るよ。キスまでだね。……ねえ、これからもいっぱいキスしたいな。真琴さえ良ければ」
耳元に唇を近づけ、吐息がかかるように甘えた声は悪魔の囁きのように蠱惑的だった。
完全に腰が砕け、呆けた表情を見せてしまったことがあまりに恥ずかしくて、真琴は目を逸らす。
真琴は今まで数人と交際した経験があり、その全員とキスは済ませていたが、過去のものとは比べ物にならないくらい気持ちよく、熱い興奮を覚えた。
理性では止められない、本能が依存してしまうような快感だった。
それは今まで必死に閉ざしていた蕾が、開花の兆しを見せた瞬間だったのかもしれない。
奏の言葉に対し、何かに引き寄せられるように、真琴は無言で頷いた――……。
【第一話 終わり】
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