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受話器の先からは、何やら喚くような声がする。
大家とは挨拶でしか聞いたことがなかったので、その声が同一人物なのかどうかの判断が瞬時にできなかった。
そのため、一言目は何を言っていたのか全く頭に入らなかった。
「本田さん! 大変だよ! 火事! 隣の山本さんの部屋が……」
電話の相手が大家だと判断できたとしても、今度は内容が突然のことすぎて理解が追いつかない。
それでも大家は「火事」という単語を連呼するので、数秒経ってからその言葉の意味を理解し、顔が青ざめた。
「す、すぐに帰りますから!」
それだけ伝えて通話を切る。すぐさま自分のデスクに戻り、バッグにスマホと財布だけを詰めこみ肩にかける。
「すみません! 緊急事態なので早退します! 事情は追って連絡しますから!」
課内に響き渡るよう声を張り、それだけ言い放って会社を飛び出す。
道中、誰かに声をかけられた気がしたけど今はそれどころではない。無視して全力で走って駅に向かう。
電車に乗ってしまうとこれ以上急ぐ術などないのに、じっと座ってなどいられなくて、ドアの前に立ちつくす。
外の景色を眺めていながらも、全く視界には入っていない。
表情はこわばったまま、全身にじっとりと嫌な汗をかいていた。
最寄り駅につくとドアが開き切る前にいち早く降車し、走って改札を出る。
我が家の方角を見ると、その場所からでもハッキリと見えるほど、異様な黒煙が立ち上っており、辺りも騒然としていた。
真琴は顔から血の気が引いていくのを実感した。
そこからの記憶はない。
気がつくと、無残な我が家の姿をただ眺めていた。炎と煙に包まれた我が家を。
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