【第二話】君は勝手ばかり

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「な!?」  何でここに、と問いたかったのにも関わらず、驚きすぎてその頭文字しか発声できなかった。  社内には滅多にいないような美青年が来客したものだから、その場にいた人々も男の方を無意識に目で追っていた。  その男――奏は真琴の前までつかつかと歩み出すと、目の前でピタっと止まり、右手に抱えていたお弁当箱を差し出す。 「はい。お弁当。忘れて出て行ったから。それと朝はごめんね」  〝普通に周囲に聞こえる声〟で平然と話しだす。とびきり甘く爽やかな笑顔を携えて。  呆然としている真琴の手にはそのままお弁当箱が手渡され、彼は待機していた受付スタッフの元へ歩み出した。  そして、スタッフの後ろを着いて行き、その場から姿を消した。  奏の姿が見えなくなると、その場に残った人々の視線は一斉に真琴の方へと向いた。  一連の流れを見ていた同僚が、いそいそと駆け寄って来て小声で話しかけてきた。 「今の人、本田さんの彼氏!? すごいカッコいいじゃん! お弁当って!? もしかして家なくしてからあの人の家に住んでるの!?」 「あの人、彼氏じゃないですから!」  恐れていたことが起こった。  職場の人々にまで、奏の存在と同棲が知れ渡ってしまった――……! 「ええ~? 本当に~?」  真琴が普段から強気で意地っ張りな様子なのは職場の人たちにもお馴染みだったので、同僚は真琴がただ恥ずかしがってはぐらかしているかのように感じ取っていた。  野次馬のようにおもしろがる同僚をはねのけるようにして、誰とも目を合わさず、自席に戻る。  そしてスマホを取り出し、すぐさまメッセージアプリで奏に怒りの抗議文を送りつけた。  奏が真琴の日常に侵食してこようとしている。  真琴は、いつか自分達のルーティーンが周囲に知られてしまうのではないかと恐れている。  恋人でもなく、大嫌いだと宣言している相手と、夜な夜な背徳的なキスに(ふけ)っている。  周囲に不純異性交遊に乱れる女なのだと思われたくなかった。  自分で言うのもなんだが、真琴は今まで、人間関係には真っ直ぐで、不純異性交遊とは無縁だったし、それを許すような性格でもなかった。  だから自分でもなぜこのような状況に陥っているのか理解できないくらいだった。  しかし、彼との甘い時間は理性で抗えないような引力で引き寄せられ、止める事ができないのだった。  行為に耽っている瞬間は、その背徳感でさえもスパイスになってしまうくらいに虜になってしまう。
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