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その日の夜、奏が帰宅すると、真琴はまだプリプリと拗ねた様子を見せた。
奏にとってはその姿さえ可愛く、愛おしく見えたので、慣れた様子で真琴を見つめていたが〝いつもの時間〟になっても、真琴の機嫌は治らなかった。
「真琴、まだ怒ってるの? ほら、おいで」
「今日はしない」
「え?」
「明日も明後日もしない!」
真琴の物言いはまるでいじけた子供ように頑なだった。
奏は捨てられた子猫のように、潤んだ瞳で真琴を見つめる。
真琴はこの目に弱かったので、一瞬たじろいでしまった。
しかし意思を強固にして、きゅっと口を真一文字に結んでそっぽを向いた。
「真琴、僕が悪かったから機嫌を直して? そんな冷たい事言わないで?」
「……」
「真琴のこと、大好きなんだよ」
「……」
「だったら僕に挽回のチャンスを頂戴。明日の休みは真琴がきっと気に入る所に連れてってあげる。ね、お願い」
あまりにも眉を下げて困ったような表情で見つめてくるので、自分の方が大人気ないことをしているような気になってしまう。
真琴は結局お人好しなところがあり、必死にお願いする奏を無下にはできなかった。
奏の必死のお願いは、本気で参っていたのか、それとも真琴がこういうことに弱いと知っていてわざとやっているのか、それを見抜ける力は真琴は持ち合わせていない。
「……わかった」
真琴の間一文字に閉じていた唇がようやく開き、奏の下がっていた眉も元の位置に戻る。
しかし、そう簡単には許したくなかったので、結局この晩のルーティーンは行われず、その一日を終えた。
* * *
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