【第三話】この気持ちの名前

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 夕食時、今日見たことを奏に問いただそうと思ったが、よくよく考えれば自分は彼女でも何でもない。  しかし奏は日頃から真琴を好きだと公言しているわけで、別の女にも良い顔をしているのであればそれは問題であり、許せない。  (なまり)のような重い気持ちが胸の奥に沈んで、今日一日何をやっていてもそれが引っかかっていた。 「真琴、元気ないね。どうかした?」 「え? いや、ちょっと仕事のことで考え事してただけ……大丈夫」 「そう? 無理しないようにね」 「うん……」  奏はいつでも自分を見てくれている。だから、小さな感情の機微でも気が付いてくれたことに嬉しく思った。 「あ、明日の休みはちょっと出掛けるから」  ふいに奏が話を切り出したかと思うと、珍しく外出の宣言をした。  女の勘か、嫌な予感がよぎる。 「ひとりで?」 「会社の人とだよ」 「ふーん……」  今まで奏から会社の人の話など聞いたことがない。  それに、あの奏がわざわざ休日に会社の人と会うなんてことは考えられなかった。  きっとこれは嘘で、あの女性と会うんだろうと真琴の直感が結びつく。  今まで嘘なんてついてこなかったのに――……。  さっきまでの嬉しかった気持ちはひっくり返り、妙に憎らしく感じたので、さっさと夕食は切り上げて無言で片付けをする。  その後は自室に(こも)り、今夜は秘密のルーティーンも行われなかった。  翌日の土曜日になり、奏は宣言どおり外出していった。  身だしなみだって何だか綺麗にしているように見えた。  ……いや、奏はいつも綺麗にしているからそれは考えすぎか、と思い直す。  奏が出て行った後、真琴は一日中何もせず自堕落に過ごした。  いつも二人で過ごしていたので、一人の時間というのはこんなにも退屈なのかと感じていた。
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