326人が本棚に入れています
本棚に追加
――出火元は隣人の部屋からだった。
隣人は外出していたため、周囲の人が気づいた時にはもう手遅れで、真琴の部屋まで火の手が上がっていた。
こぢんまりとした築三十年のボロアパートは、一つの部屋が燃えるとたちまち周囲にもその火の粉を振りまいたのだった。
真琴は全てを失ったのだと実感した。怒る気力も、泣く気力もなく立ち尽くす。ただただ無気力に現実を受け止めていた。
焼かれていく我が家を眺めながらも妙に頭が冴えており、この状況でまずしなければならないことは住処の確保だということを考えていた。
ひとまず今夜だけでも凌げる場所を――。
真琴は都内で生活しているが、実家は県外の離れた場所にある。なので、真っ先に頼る先として思いついたのは、同じく上京していた三歳上の兄だった。
バッグからスマホを取りだし、すぐさま兄に電話をかける。
数コールのちに穏やかな声が聞こえた。久しぶりの肉親の声に甘えたくなってしまったのか、その時始めて涙が溢れた。
「真琴? どうした? まだ仕事中だろ?」
「お兄ちゃん……っ! 私の、私の家が……か、火事で燃えちゃったの……住むところがなくなっちゃったの……」
「え、えぇ!?」
「突然の連絡で申し訳ないんだけど……お兄ちゃんとこ、しばらく住まわせてもらえないかな……」
「困ったな……」
「え……?」
「助けてやりたいのは山々なんだけど……兄ちゃんの寮、社員以外連れ込み厳禁なんだよな。まあでも事態が事態だし、管理人さんに掛け合って……」
会話の途中でいきなり持っていたスマホが奪われた。
愕然として背後を振り向くと、真琴のスマホはそこにいた男の手に移っていた。
その男とバッチリ目が合うと、男はニコっと笑い、そのまま通話を乗っ取り始めた。
最初のコメントを投稿しよう!