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女は試すような不敵な笑みを浮かべる。
どんな表情でも様になる、その美しい顔に圧倒されて言葉が出ず、真琴の視線は小刻みに泳いだ。何も言葉を出せない。
「なんて、冗談! 私に奏をどうこうしようという気は全くないよ。でも君を見てるとつい……。からかってごめんね」
「はい?」
空気が強張ったのも束の間、女はすぐにあっけらかんとした態度に戻り、話し始めた。
「私は一条 菜知。奏とは大学時代の同期でもあり、今は会社の同期でもある。私は元々横浜に配属されていたんだけど、この春にこっちに異動になってね。知り合いが奏しかいなかったから、いろいろ頼らせてもらってたんだ」
「だ、大学からのお知り合い……?」
「うん。話せば長くなるけど……大学ではお互い〝唯一の友達〟だったと言えるかな」
その女――菜知は饒舌に話し出したと思いきや、不意にこちらに顔を近づけ、じっと真琴の目を見据えた。
「さっき君、私に対して嫉妬していたよね?」
「は!? し、嫉妬なんてしてません!!」
「奏が聞いたらどれほど喜ぶだろうね」
「アイツに変なこと吹き込まないでください! 絶対やめてください!」
真琴は店内に響くような大声で拒否する。
周りの視線が集まったので、我に帰り、顔を赤らめながら小声に戻す。
「私と奏はそういう関係ではありませんので! 絶対にそんな話しないでください! 迷惑です!」
「ふーん……OK、わかったよ」
そう言いながらも、菜知は意地悪な含み笑いを携えながら真琴を見つめる。
真琴は、奏とやりとりをしている時のような扱いづらさを菜知にも感じた。
「そうだ。君、奏のスマホの待ち受け見たことある?」
「? 待ち受け?」
「先日見てびっくりしたよ。なんせ大学時代から全く変わってなかったんだ! でもあの〝おまじない〟も満更でもないってとこかな。興味があるなら見てみると良い」
「? はぁ……」
長い付き合いだし、今では一緒に暮らしているのだから、当然奏がスマホを触っているところは目撃している。
しかし待ち受け画面は見たことがなかった。今までそんな事気にも留めなかったし、興味もなかったからだ。
菜知曰く、大学時代から今も変わらず同じ画像を使用しているらしい。
第三者による奏の知らない姿を聞くのはちょっと興味が沸いたのと同時に、やっぱり少し胸が痛んだ。
菜知は自分の腕時計を確認すると、
「そろそろ私は会社に戻るよ。最後に……真琴、奏が他の人と親しくしているのを見て、胸が痛んだり気分が暗くなるのであれば、その気持ちの名前は『恋』と呼ぶんだよ。ふふ、じゃあね」
と言い放ち、横に置いていたバッグを肩にかけ、ハイヒールを鳴らしながら颯爽と店を出て行った。
その場に残された真琴は、カップの中に少し残ったコーヒーを一口で最後まで飲み干す。
「恋って……」
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