【第一話】愛などなくとも

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健太郎(けんたろう)、今の話聞いてたよ」 「あれ? その声って……(かなで)?」 「そう。今、真琴と一緒にいるんだ。真琴の家が大変なことになってね。でも真琴の実家は遠いし、健太郎の寮は確か連れ込み厳禁だったよね?」 「あぁ、そうなんだよ」 「そういうことなら、ウチで預かってもいいかな? 次の家が見つかるまでの間だけ」 「オマエんとこに!? ……あー、でもそうだな。お前とは幼馴染だし、知らない所を転々とさせるよりかはマシか。両親も安心すると思う。面倒かけるけど、妹のこと頼めるか?」 「任せて。困ったことがあったらすぐに連絡させるよ」  真琴には男の一方的な言葉しか聞こえないが、男の都合の良いように話を進められているのはわかった。  しかしなぜ、この男がこの場にいるのかはわからない。 「はい、今の話聞いてたでしょ? そういうことに決まったから」  笑顔の男は通話の終わったスマホを何も悪びれもせず返却しようと手を伸ばしてきた。  この男――瀬戸(せと) (かなで)こそ、兄の健太郎の同級生で、健太郎と真琴の幼馴染であり、真琴にとって最大の天敵と認識している人物であった。 「待って! 奏、アンタ何でここに……っていうか勝手に話を決めないでよ! アンタの家に泊まるなんて絶対にイヤなんだけど!」 「でも二月のこんな寒空に可愛い真琴を置いていけないよ」  奏は何の恥ずかし気もなく、ごく自然に真琴のことを可愛いと言いのける。  しかしこんな軽々しい発言はいつものことだったため、真琴はスルーして会話を続ける。 「あのね……今時二十四時間やってるレストランだったり、ネカフェで凌ぐことくらいできるんだから!」 「次の家がすぐ決まるとは限らないよ? それまでずっとそんな生活するの? 無理でしょ」 「それは私が決めることよ!」 「可哀想に。気が動転してるんだね。帰ったら真琴が好きなミートスパゲッティを作ってあげるよ。それに僕は本当に心配してるんだよ。真琴とはずっと小さい頃から一緒で家族同然だからね。頼むから、大人しくウチに匿われてよ」  いつもヘラヘラと薄笑いを浮かべている嫌な男だが、この時ばかりは真剣に話している様子だったので、真琴も冷静になった。  確かに、身元がハッキリしているこの人物に頼った方が良いのだろう。  小さい頃から真琴を追い回し、嫌がらせをしてくるこの男のことが大の苦手だったが、ひとまず今夜だけでも――苦肉の策だが、真琴は奏の提案に従うことにした。
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