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「それにしても君はもう奏の恋人になるつもりはないってことだよね?」
「え!? あ、その……」
「奏のことは好きじゃない?」
「正直言うと、よくわからないんです。大嫌いだったはずなんですけど……助けてもらった恩もあるし、一緒に居るうちに、その、情が移っているような気もして」
「ほう」
「少し離れて、冷静に物事を判断したいと思いまして」
「なるほどね。それなら、しばらく私の新居に移ってみるっていうのはどうだい? 奏の邪魔も届かないし、私は『お泊まり会』という初めての体験ができて一石二鳥だ」
奏との関係について、頭を冷やして考えたいと思っていた真琴にとって、魅力的な提案だった。
「本当ですか? それなら、一週間だけ……お言葉に甘えても良いですか」
「勿論! いつからにする?」
「……今日この後からでも良いですか」
「ふふ、構わないさ」
菜知は大変満足そうな笑みを浮かべた。
一時間後、二人は食事を終えると、タクシーでひとまず奏の家に向かう。
真琴は帰るとすぐに自分の部屋に行き、一週間はなんとか過ごせる分の衣類を紙袋に詰めた。
その途中、玄関からは菜知と奏の声がした。何を話しているのかまでは聞きとることはできなかった。
詰め込み終わった紙袋を携え、部屋を出ると目の前に奏がいた。
目が合うと奏の悲しい視線に圧倒され、少したじろいでしまった。
「まあ一週間だけって話だから安心してくれ。新しい家が見つかればそこに移る準備をするだろうし、しばらく見つかりそうになければ、またここに戻ってくる。ひとまずそれで良いよね? 真琴」
「はい」
「そう……。寂しいよ」
奏はまた眉を八の字に下げ、捨て猫のような目で真琴を見つめる。
心苦しい気持ちを押し殺し、真琴は菜知の元へ行く。
自分で選んだことなのに、ひどいことをしているような気まずさに耐えきれず、終始奏の目をきちんと見ることができなかった。
菜知のマンションに着くと、こちらもまた家賃の高そうな綺麗なマンションだった。
菜知とは短期間しか関わっていないが、奏と感覚が良く似た人ということは感じ取っていた。側から見ると二人とも容姿端麗で、人を遠ざけてしまう独特の空気感を持っている。
大学ではお互いしか友達が居なかったと菜知が言っていたが、その光景は何となく想像がつく。
「私は家に呼ぶような友達なんて居なかったから客間も布団も無いんだ。だから一緒のベッドになるけど良いかい?」
「はい、大丈夫です!」
菜知のベッドはセミダブルサイズで、女性二人が寝るのは問題がないサイズだった。
二人寝転んだベッドで菜知は心底嬉しそうに声を弾ませ、寝るまでの間ずっと会話を楽しんでいた。
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