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菜知の家にお邪魔してから三日目の晩、真琴はまた物件の情報誌を広げていた。
実は昨日から取り寄せた情報誌を見ていたが、気にいる物件がなく、難儀していた。
その様子を菜知はコーヒーを飲みながら眺めている。
退屈になったのか、関係のない話題を切り出す。
「まさか私に女の子の友達ができるだなんて夢にも思わなかったよ」
「そんなにですか……?」
「どこに行っても私は一人だったからね。そういう星の元に生まれたのさ。奏もそう。でも、真琴。君は違う。君はたくさんの人に囲まれて、愛されているね」
それは確かにそうだった。思い返せば、家族、会社、奏、出会ったばかりの菜知にまで……真琴は常に誰かの好意に支えられていたことを実感する。
奏は周囲の人々から褒め称えられ、愛されているかのように見えたが、誰も奏の本心など見ようとしていなかったし、奏もまた人に心を開いていなかった。
しかし、自分にだけはいつも感情を真っ直ぐ伝えていてくれたと思う。こんな意地っ張りで頑固な自分を、可愛いと、好きだと言ってくれる。
方向性が間違っていることはあれど、真琴の人生最大の不運の時に、傍に居て助けてくれたのは紛れもなく奏だった。
奏に関して、一緒に暮らし始めて、ひどく怒りを覚えることもあれば、愛しく感じる瞬間というのも確かに存在する。
自分の感情や考えがまだ整理できていないが、未熟で甘えてばかりだったことは強く実感することになり、いたたまれない感情になる。
――どうしてあの時に奏の目を真っ直ぐ見てあげられなかったのだろう。奏は今何をしているだろうか、彼は傷ついているだろうか、自分のことを嫌いになってしまっただろうか――……。
言語化できない感情が、形となって、気がつけば頬を伝っていた。
「あれ、真琴?」
「す、すみません……っ、なんか色々わかんなくなっちゃって……」
「そう」
菜知は多くを語らず、そっと真琴を抱き寄せて、頭を撫でた。
菜知のそういった挙動があまりにも奏に似ているものだから、さらに彼のことを思い出した。
もう一週間ほど触れていない彼の体温がたまらなく恋しいと思い、胸が張り裂けそうになる。
こんなにも奏への気持ちが自分の中に育っていたことに真琴は驚いた。
離れて初めて実感した感情。これは確かな感情なのだと認識する。
「まだ分かり合えない所はいっぱいあるけど……奏とちゃんと話してみようと思います」
「うん」
「明日、奏の家に戻ります」
「そうか。それは嬉しいやら悲しいやら」
「迷惑かけて、振り回してすみませんでした。でも、一条さんがいてくれて本当に良かったと思います」
「まったく、可愛いことを言うじゃないか」
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