【第一話】愛などなくとも

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 真琴が素直に聞き入れた様子を見て、奏の表情はまたいつもの薄笑いに戻った。 「せっかく真琴に会えたから声をかけたのに、無視して全速力で走っていっちゃうから。気になって追いかけて来ちゃったんだ」 「は!? じゃあアンタずっと私を付けてたってこと!?」 「時々話しかけてたのに、全然気づかなかったのは真琴でしょ。でもまあ、こんなことになってたなんてね」 「アンタね…… ていうか、仕事は?」 「真琴を優先して今日は早退ってことにしてあるから、安心して」  軽い眩暈がした。やっぱりこの男は異様だ。  何が原因かはわからないが、真琴は奏と出会って、ある時から異様な執着心を向けられている。  しかも厄介なことに、この男は周囲の人間には謹厳実直に見えるようで、毛嫌いする真琴の方が異様な目で見られることが多かった。  容姿端麗、何をやらせてもそつなくこなす奏は完璧超人と周囲に認知されていた。  真琴には、どんなに突き放しても笑顔で追ってくるこの男の神経が心底わからなかった。  その後、大家と話し合い、しばらくは知人の家に居候することになった旨を伝えたら、大家はひとまず安心したような表情を見せた。  話が済むと、奏に促されるまま二人でタクシーに乗り、奏のマンションへと移動する。  すっかり空は茜色に染まり始めていた。  初めて奏のマンションに来たが、一人暮らしするには高級すぎるようなマンションに驚いた。  厳格な雰囲気が漂うオートロックのエントランス。受付の窓口とは別にクリーニングサービスの窓口が備え付けられていた。  今まで細かく見ていなかったが、確かに奏の身に着けているものを見ると、スーツや革靴やらは美しい光沢を放っており、いかにも質の良い高級品のように思えた。  エレベーターに乗り、案内された奏の部屋は十階の角部屋だった。  玄関を開け、電気をつけると白いライトが少し眩しく感じた。  突然来たのにも関わらず、中はとても綺麗に片付いていた。モデルルームのようなモダンでオシャレな家具が揃っており、ブラックとグレーを基調としている部屋だった。 「夕食用意するから、お風呂でも入ってきたら?」 「あの、言っとくけどね。(かくま)ってもらえるのは有り難いんだけど、変な下心なんて持たないでね」  奏は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに真顔になりこちらへ詰め寄って来た。
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