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あれから六月一日が何の日なのかを一通り調べてみても、聞いたことのないマイナーな記念日ばかりが並んでいる。
誕生日よりも重要な日を考えてみても、真琴には想像がつかなかった。
大体、真琴は奏に関する情報が幼馴染の割には少ないことに気がつく。
今まで奏の事を相手にしていなかったというのもあるが、元々奏自身が周囲へ情報を落とさない人物だったことが大きいと思う。
一緒に暮らしていてもまだまだ知らない事が沢山ある。
瀬戸 奏――三歳上の兄の幼馴染。
小さい頃に真琴の地元に引っ越してきた。
一人っ子で父と母の三人家族。
誕生日は七月一日。
異性に告白された経験は数知れず。
昔から容姿端麗で、何でもできる人だった。
真琴は奏と過ごした過去を思い出し、実際に自分が見聞きした奏に関する記憶をぼんやりと辿りながら、六月一日を選んで有給申請を届けた。
* * *
そして、来たる六月一日。
仕事は休みにしているが、真琴は普段通りの時間に目覚めた。
まだ体のスイッチがオンになっていない状態で、だらだらとキッチンに向かうと、そこにはすでに朝食が整えられていた。
表面は綺麗な狐色に染まり、ふわふわとまるく膨らみ、十分な厚みのあるパンケーキ。イチゴ、バナナ、オレンジの三色のフルーツ盛りが並ぶんでいる。
奏の用意する朝食はいつも丁寧なのだが、今日はいつも以上に力が入っているという事が一目見てわかる。
「おはよう、真琴」
「ええと? 今日は私が奏のわがままを聞く日なんじゃ?」
疑問符が頭の中を埋め尽くす。
その問いに対して、奏は特に何も言わず朝食の準備を整えている。
とても上機嫌そうな雰囲気だけは伝わってきて、今日がその特別な日であることには間違いはないようだ。
折角用意してくれたのだし、何よりとても美味しそうだったので、真琴はそれ以上何も言わずにダイニングの席についた。
奏の作ったパンケーキは、ふわふわで滑らかな舌触りに、ほんの少しミルクの風味がして、優しい甘さが絶妙だった。
真琴は贅沢品を味わうように、一口一口、大切に口へ運ぶ。
感情がすぐに表情に表れる真琴は、美味しいものを食べると、自然と口角は上がり、目はキラキラと輝き、頬はほんのり薔薇色に染まる。
そんな真琴の様子を、奏は宝物を見るかのように愛おしげに見つめていた。
「それで? 今日一日、私は何をしたら良いの?」
「ただずっと一緒にいて、たくさん笑ってて」
真琴は心のどこかで〝とんでもないわがまま〟をされるのではないかと疑っていたが、想像以上に〝純粋なお願い〟だったことに面食らった。
しかも、それは奏主体ではなく、真琴主体のお願いだ。
そんなことで喜んでくれるなら――あまりにも小さく健気なお願いに真琴の心は揺れた。
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