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夕食どきになると、奏はまた気合の入った料理を並べた。
料理を作ること、それを真琴に振る舞い、喜んでくれる姿が奏にとっての喜びだった。
なので、彼が今日の料理番を譲ることはなかった。
特製のデミグラスソースがかかった手作りハンバーグに、フレンチサラダ、コンソメスープまで添えてある。
さらには食後のケーキまで出てくる始末だった。
白い雪原のようなクリームの上に、女王の如く鎮座する赤い苺のショートケーキ。なめらかで甘い口溶けに、思わず頬がとろける笑顔になる。
奏の料理の上手さには尊敬の念を覚えるし、自分の好物の傾向をちゃっかり捉えているのにも感心する。
「真琴、美味しい?」
「美味しい! 今日食べた物は全部美味しいよ」
「良かった。真琴にもっと喜んでもらって、僕を好きになってもらいたいな」
母親に愛を乞う子供のように無垢な発言に、心が揺さぶられる。
「だからって……無理したり焦る必要なんてないでしょ。時間はいっぱいあるんだから」
ぶっきらぼうながらも心を開いた真琴の言葉を受け取ると、奏は幸せを噛み締めていた。
「今日、最後のわがままを言っていい?」
「……うん」
「『おめでとう』って言って」
「お、おめでとう……」
奏は心から満足そうに、目尻を下げて微笑んだ。
この日はこんな調子でゆったりとした時が流れていった。
しかし、何とも不思議な日だ。
奏のわがままを聞く日のはずが、大したわがままを命じられることもなく、平和な時間をただただ二人で過ごしただけだった。
腑に落ちない所は多々あるが、奏の望みは無事に叶えられたようで、お世辞無しに喜んでくれていた様子だった。
(おめでとうって、何が?)
布団の中で考えながらその日の思考は夢の中に落ちていった。
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