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成長した棗と奏は、両者共に学才に秀でた子供であった。
棗は勤勉家で、十の事を教えたら、それをそのまま完璧に習得できる子だった。
奏は要領が良く、五の事を教えたら、即座に十を習得できる子だった。
大人から見ると、同じ十を得るにしても評価は奏の方に少し軍配が上がる印象だった。
ある日突然、不幸の報せが瀬戸家に舞い込んだ。それは奏が五歳になった頃だった。実母である雛乃の訃報。
もともと体が弱く、持病を抱えていた雛乃は、生まれた子供と引き離されて以降、体が弱る一方だったという。そのまま持病を悪化させ、三十歳という若さでこの世を去った。
奏は生まれた時から瀬戸で育ったため、母の存在は知っていたものの、実母の顔を見たのはこの葬式が初めてとなった。
何の因果か、体の弱い雛乃から生まれた奏には何の健康問題もなかったのに、健康な加奈子から生まれた棗は心臓を患っていた。
「棗もお母様も可哀想」
幼い奏が他人事のようにぽつりと呟いた。
奏は自分の出自を聞かされていても、自分を可哀想などと感じたことはなく、寧ろ瀬戸の家に振り回されている人々を思うと、彼らの方が不憫でならなかった。
心の底から、可哀想な人たちだと思っていた。
奏が成長し、自我を持つようになってから、子供らしくからぬ悟った目と妙に要領が良い習性を見て、加奈子は奏に対し、次第に気持ち悪さを感じるようになっていった。
また、棗よりも奏が評価されることを異様に恐れていた。いつか奏が瀬戸を継ぐのではないか――自分の息子ではなく、あの女の息子が!
執拗に付き纏う不安を腹の底で抱えて、棗と奏の成長を見ているうちに、とうとう加奈子は気を病んでしまった。
六歳になった奏は、加奈子と棗が平和に暮らすためには、自分はこの家に不要であることを悟り、自ら家を出たいと申し出た。
当主の亘はそれを反対するも、限界を迎えていた加奈子の懇願もあり、いくつかの条件付きで、使用人と共に家を出る許可を下した。
そして、奏は地方へ送られ、その土地の小学校へ編入した。
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