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時は少し流れ、真琴も小学生に入る年になり、彼女はもう自分の名前をハッキリと言えるようになっていた。
ある日、健太郎は放課後残るからと言って、奏と真琴は二人で一緒に下校していた。昼ごろまで降っていた雨は止み、空はすっきりと晴れていた。
「真琴、少し寄り道しよう」
「いいよ!」
そう言って奏は真琴の手を引っ張り、帰り道から逸れたところにある坂道を登った。坂道を登りきる前に、左側に見える道のない林を突き抜けると、そこは小高い丘のような場所に通じていた。
周りを見渡しても人気はなく、世界にただ二人だけと錯覚するほど静かな場所だった。
「ここは秘密の場所なんだ。誰にも教えちゃダメだよ。健太郎にも秘密」
「真琴と奏だけのひみつ?」
「そうだよ」
「真琴、大人になったら僕と結婚してくれる?」
「けっこん?」
「ずっと一緒に居たいってことだよ」
「うん! わかった! 奏とずっと一緒にいる!」
真琴はとびきりの笑顔で応えた。幼い真琴はいつも一緒に遊んでくれる奏のことが大好きだった。
もちろんそれはまだ恋愛感情とは無縁の愛であるが、そんなことは真琴には判断できない。
この時点で、奏は真琴と出会って三年が経っており、幼い彼女を一人の人間として愛していた。
愛しい人を見る目で真琴のことを見つめていると、突然真琴は空を指差した。
「奏! 見て! 虹がでてる!」
その丘の前方にある山と山の隙間に、綺麗な虹が架かっていた。
奏はこの日のことを決して忘れまいと、この景色を胸に焼き付けた。
「僕は一生真琴のことを大切にするよ」
その日以降、奏にとって真琴は〝運命の人〟となり、より強く執着していくようになった。
今の真琴はこの日のことを覚えておらず、物心が付いたいつの頃からか、奏が自分に執着するようになったという事しか記憶に残っていなかった。
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