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食事を終えると片づけを手伝い、真琴にあてがわれた部屋を案内された。
荷物――といってもバッグひとつだが、すでにその部屋に移されていた。部屋の隅には敷布団が畳んである。
奏の交友関係など兄以外に知らないが、この家にはよく人が行き来するのだろうか? 随分と手際が良いなと感じた。
今日はとにかく疲れたので、真っ先に布団を引き、身を温めるために布団に潜り込んだ。
ようやく手足を伸ばすことができ、体の節々から心地よさを感じる。
知らない天井を見上げ、「明日は朝一で会社に連絡しないと……そういえば先輩に頼まれたコピー、やらずに出てきちゃったな……」などと考え込んでいた。
微睡みながら今日という日を振り返る。
しかしそれは長く続くことはなく、数分のうちにその意識は落ちていった。
一方で、奏はリビングのソファで一人佇んでいた。
晩酌しているわけでもなく、テレビも付けず、ただ一人じっとしている。
彼は本日幾度か思考が止まる瞬間があった。
〝運命の人〟は一度だって自分に振り向いてくれたことはなかったのに、その彼女のピンチに彼は居合わせ、自分のチャンスに変えることに成功した。
ただ、今回の件は下心からではなく、本当に彼女を助けたいと思う一心からだったのは事実だった。
しかし、自分の部屋着を纏う彼女の姿を見ると、普段は完璧超人として振る舞う奏もさすがに思考が停止した。
それからは夢心地であった。
愛する人との同棲が成就した。彼は十年以上に渡り、外堀からゆっくり、じっくりと埋めて行って、難攻不落の城を陥落させるべく画策していたのだが、大きな夢のひとつを達成した。
実をいうとこの部屋には来客など今まで一度もなかった。
なのに、客間や布団などが用意してあったのは、いつか彼女を迎え入れるために用意周到に準備されていたものだった。
しかし、そういった遠回りでストーカーめいた行動こそ真琴の心を遠ざけていたし、もはや本人にとっては〝嫌がらせ〟とも感じるレベルだった。
そんな真琴の嫌がる反応さえも楽しんでいたのだから、やはり瀬戸 奏という男の愛情はどこか異様であった。
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