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すると、遠くからどこかリズミカルな音が聞こえてきた。
これ、何の音?
だんだん近づいてくる。
振り返って驚いた。
馬!?
よくテレビで見るシュッとした馬ではなくて、ずんぐりとしたどこか可愛らしい馬に男性が乗っている。
えっ?
時代劇!?
乗っているのは、女物だと思われる茜色の派手な色無地に灰色の袴を着け、頭に髷を結った男性。
どう見ても変な人。
気づかなかったふりをしてやり過ごそう。
私は、前を向くとそのまま無視して歩き出した。
けれど、当然、のんびり歩いていても人より馬の方が早い。
近づいて来た男性は、私の横に並ぶと、馬上から声を掛ける。
「お前、見かけないな? どこの者だ?」
そんなことを言われても、初対面の人に住所なんて教えるわけがない。
私は無言で歩き続ける。
「俺を無視するなんて、度胸のあるやつだな。気に入った。お前、名前は?」
本当は無視し続けたかったけど、それはそれで、その後の反応が怖い。
「森居 蘭です」
私はそれだけ答えると、また歩き続ける。
「蘭? 女みたいな名だな。蘭丸にしろ」
は!?
女ですけど!?
そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
女の子っぽい服装が苦手で、今日も母が選んだ重ね襟や帯がなければ、男性とほぼ変わらない。
男と間違われても文句は言えない。
私が黙って歩いていると、男性もその横を馬でついてくる。
私は思い切って尋ねてみることにした。
「あの、長良女子大学はどちらでしょう?」
すると、彼はきょとんと不思議そうな顔をする。
「初めて聞く地名だな。この辺りのことは大体知ってると思ってたが」
地名?
「いえ、岐阜市にある大学なんですが」
それなりに地元じゃ有名な大学だと思うんだけど。
「知らんが、そこに何の用だ?」
何の用って……
「今日、卒業式なんです」
そう言っても、やはり彼は不思議そうな顔をしている。
「まぁ、いい。今日から、俺の小姓になれ」
は?
コショウ?
私は意味が分からず、首を傾げる。
すると、馬上から手を差し出される。
これ、乗れって言ってる?
でも、馬で大学に送ってくれるとは到底思えない。
私は、尻込みをして、後ずさる。
すると、馬から飛び降りた彼は、私の手首を掴むと、そのまま屈んで、まるで米俵でも担ぐように乱暴に肩に担ぎ上げる。
「悪いようにはしない。ついてこい」
そう言うと、私を荷物のように馬の上に放り投げる。
うつ伏せで馬に乗せられた私は降りようとするけれど、足が届かなくてどうしていいか分からない。
すると、彼はその私の後ろにまたがり、そのまま私を引き上げて彼の前に座らせてくれた。
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