戦国の時代に蘭の花を

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いや、座らせてくれたって喜んでる場合じゃない。 彼はそのまま馬を軽く駆け足で走らせる。 これ、もしかして、知らない男の人の車に乗っちゃダメって言われたのと同じことじゃない!? 車と違うのは、すごく上下に揺れて、振り落とされそうになること。 掴まるところは、鞍の(へり)くらいしかない。 私が必死で鞍に掴まっていると、彼が手綱を握った両腕で私を支えてくれている。 「お前、馬は初めてか? 身なりがいいから、森家の者だと思ったんだが?」 森と森居を聞き間違えたんだ。 「違います。私は森居です」 揺れる馬上で舌を噛みそうになりながら訴える。 「確かに、太刀もはいてないしな。まぁ、いい。話は城で聞く」 城? すると馬は坂道を登り始める。 これ、周りの景色は全然違うけど、金華山(きんかざん)? まさか岐阜城に向かってる? 民家はあるけど、土壁のなんだか古臭い家ばかり。 これ、どういうこと? そりゃ、岐阜は東京とは違って、超高層ビルが立ち並ぶわけじゃないけど、それなりに高い建物もあるし、家だってこんなに古びれてない。 何より道路はどこも舗装されてる。 私は混乱しながら、周りを見る。 けれど、山々や長良川の感じはやっぱり岐阜としか思えない。 分からなくて、首を傾げている間に、馬は歩行者がすれ違うこともできないほど細い山道をとぼとぼと登っていく。 この山道はやっぱり金華山(きんかざん)。 進学で初めて岐阜へ来た同級生と一緒に登ったから覚えてる。 どういうこと? 考える私の脳裏にあり得ない答えが浮かんだ。 まさか、ここは過去の岐阜? じゃあ、茜色の色無地なんて、あり得ないセンスの着こなしをするこの人は…… 「あの、失礼ですが、お名前を伺ってもいいでしょうか?」 私は、少し首を後ろに向けて尋ねる。 まぁ、少し後ろを向いたくらいじゃ、彼の顔は見えないんだけど、山道を登る馬の上じゃ、これ以上は怖くて振り返れない。 「なんだ、お前、俺を知らずについてきたのか?」 後ろの彼は、呆れたようにため息をつく。 いやいや、ついてきたんじゃなくて、連れて来られたんだし。 私はそう思うけれど、心の声は飲み込んで、返事を待つ。 「俺は織田信長。この城の城主だ」 やっぱり。 分かってすっきりしたけれど、それ以上に困惑の方が大きい。 どうやってここへ来たのか分からないけれど、どうやって帰ればいいの? もしかしてもう帰れない? そう思った瞬間に泣きそうになる。 でも、ダメ。 今、ここで泣くわけにはいかない。 この人に弱みを見せたら、何を言い出すか分からない。 私は、信長に背を向けると、グッと唇を引き結んで、涙を堪えた。
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