戦国の時代に蘭の花を

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それから、小姓としての生活が始まった。 最初に男だと思われた時に誤解を解かなかったから、ずっと男だと思われたまま生活をしている。 小学生の頃、幼馴染みに誘われて剣道をやっていたものの、私が持てるのは竹刀だけ。 真剣なんて、重くてとても立ち回れない。 それに比べ、高校生の頃、やっていた弓道のお陰で、弓はもう少しましだった。 けれど、小姓は信長様の1番身近にいる存在。 信長様を守れる存在じゃなきゃいけないらしい。 だから、私は毎日、へとへとになるまで、武術の稽古をさせられている。 そんなある日、私が信長様のそばに控えていると、立ち上がった信長様の袴の裾がほつれていることに気づいた。 今朝、市中を見回りに行かれた時に、どこかに引っ掛けたのかもしれない。 「あの、信長さま、袴のお召し替えを」 私はそう促すと、帯の間から自作の携帯用裁縫道具を取り出した。 「ん? 蘭丸、なんだ、それは?」 信長様は、興味深そうに近寄ってきて私の手元を覗き込む。 そうして、手縫いの小さな巾着の中に、小さな糸巻きと針と糸切り鋏が入れてあるのを見ると、 「ほう! これはお前が作ったのか?」 と尋ねた。 私は、頭を下げて答える。 「はい。おそば近くに勤めるなら、いつか役立つ日が来ると思いまして」 この時代は欲しいものは何でも買えるわけじゃない。 ないものは自分で作るしかない。 私は、信長様がじっと手元を覗き込む中、脱いだ袴をなんとか繕い、信長様に差し出す。 すると、信長様は、ぽんと私の頭に手を置き、その袴を受け取った。 何かを言われたわけじゃない。 ただ、頭に手を置いただけ。 でも、それは、私の中に小さな想いの種を植え付けた。 それ以来、私は誰よりも信長様のおそば近くに置いてもらえるようになったことで、小さな種は、芽吹いて大きな想いへと育っていく。 男だと思われてる私だからこそ、一緒に戦場(いくさば)にも出向くことができ、信長様のお世話をすることができる。 例え、想いを告げることができなくても、それは幸せなことではないだろうか。 この先、どんな未来が待っていようとも…… ─── Fin. ─── レビュー・感想 ページコメント 楽しみにしてます。 お気軽に一言呟いてくださいね。
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