玉虫の実

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玉虫の実

「カテン、今日はずいぶんたくさん採れたのね。栽培員(センセイ)たちが褒めてくれるわ」  エイカが濡れた小袖の裾を絞りつつ、駆け寄る。カテンは他の子たちより頭ひとつぶん抜けていて、トワから見てもかっこいい。  カテンたち最年長組が操縦しているのは、半自動トロッコ。  今日、トロッコに積まれている実は8つ。  1日でこれだけ収穫できれば上々だ。  施設にいる栽培員(センセイ)たちが果実を解体し、中から特異人種(プランツ)の赤ちゃんを取り出してくれる。  小さな仲間の誕生だ。 「こんなにたくさん収穫したのは、おれだって初めてだよ。母なる大柳(マザーウィロウ)が、おれたちの門出を祝福してくれてるんだろう」  カテンがそう言うと、同じ班の子どもたちも、一様に自信に満ちた表情を見せた。 「いよいよ今夜ね、頑張ってね」 「頑張るも何もない。おれたちはもともと(タネ)だった。今の姿がオカシイんだ。自然に、流されるまま、樹木となる、それが正しい姿なんだよ」 「それもそうね。だけど、なぜだかあたしまで落ち着かないわ」  頬に赤みを帯び、興奮を隠せないエイカを横目に、トワは視線を頼りなげにさまよわせた。  年長組は苦手だ。いじわるではないけれど、何となく、後頭部を押さえられているような心地になる。 「何だトワ。難しい顔して。玉虫の実なんか見慣れてるだろう」  カテンに髪をくしゃくしゃと撫でられる。 「今夜の主役はおれたちなんだから、お前が緊張することない」 「そういうわけじゃない」 「ふぅん? あ、そっか。トワは確か、双子で生まれたんだっけ。当時、実を解体した栽培員(センセイ)から聞いたことがある。双生はかなりレアケースなんだろ。片割れは、栄養が足りなくて育たなかったみたいだけど」 「ちょっとカテン、その話はトワの前でしないで」  珍しく、エイカの鋭い声が飛んだ。  彼女がカテンに向かって、不機嫌を露わにするのは珍しい。  トワは目を見張った。  カテンの言うとおり、自分は双子の兄として玉虫の実から生まれた。一緒に育つはずだった妹。トワが物心つきはじめた頃、彼女はしおしおと枯れてしまった。  実の中にいる間、自分が妹のぶんまで栄養を奪ってしまったんじゃないか。そんなことを考えたりもしたけど、栽培員(センセイ)たちは関係ないと慰めてくれた。  もともと、生きていくための力が足りなかったらしい。  トワは、枯れてしまった妹を思うたび、考える。  この世界を味わい尽くしたい。  より広い世界に臨み、あらゆることを経験して、いつか大地へ還った妹に教えてあげたい。  トワの中で、その想いは日増しに強くなっていった。  でも結局、自分も特異人種(プランツ)らしい、みんなと同じ、一本道を歩いている。  同じ未来が待っている。  そのことにずっと、もやもやしている。  トワは、エイカやカテンたちからそっと離れた。その足で、大好きな絵本の海へ向かう。
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