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芽生えのセレモニー
儀式は、蛍苔が灯る夜分に行われる。
水気を含んだ苔のカーペットを踏みしめ、先頭を歩くのはエイカ。
狐面のセンセイからお許しが出て、芽生えの儀式に立ち会えることになったのだ。
エイカに続くトワは、彼女の足元を見つめながら、滑らないよう慎重に進む。
「そこで止まって。遠目だけど、ここからなら十分に拝めるだろう」
最後尾のセンセイが、川縁の崖付近、手頃な茂みを指差した。目的の大柳は中洲にあるが、近すぎず、遠すぎず、密かに見学するには絶好の場所だった。
「兄ぃにたち、まだかな」
エイカが腰を落として、隣のトワに耳打ちする。息がかかってこそばゆい。
「あの橋を渡ってくるんだよね」
「うん。何だかドキドキする」
そんなことを話していると、やがて、橋の上に灯籠の光が揺らめき出した。
最年長の子どもたちが来たのだ。
ひとりひとり灯籠を手に持ち、普段の無邪気さを隠し、厳かに川を渡っていく。
「見て、カテンよ。あそこ」
エイカの声は、川向こうまで届くほどに弾んでいた。
「先頭に立ってるのは?」
「あれは儀式を仕切る栽培員さ。大柳の守人だよ」
突然、すぐ後ろに気配を感じ、トワはびくっとする。狐のセンセイだった。
「何をやっているのかしら」
「声までは聞こえないね」
守人が、居並ぶ年長組に向かい、何やら口上を述べている。
それが終わると、子どもたちは母なる大柳の根元に腰を下ろした。その太い幹を取り囲むようにして、膝を抱えている。
守人が、彼らの頭に水をふりかけた。
何だろう。川の水と同じだろうか。
つぶさに観察していたトワは、次の瞬間、驚きに目を見開いた。
「あ……!」
最初に声をあげたのは、トワとエイカ、どちらだったか。
頭を垂れる、カテンたちの首筋から、芽が生えた。
皮膚を突き破り、芽は少しずつ大きくなる。
天高く、踊るようにして枝葉を伸ばす。
母なる大柳を這いのぼる姿は、まさに母に寄り添う愛し子のよう。
ヒトであったはずの身体は、茶色味を帯び、ゴツゴツとした、樹肌へと変貌を遂げる。
突然、トワの身体がガタガタと震え出した。
胃の中から、何かが迫り上がってくるようだ。
これは、拒絶。
トワの身体が、一部始終を見て、拒絶反応を示している。
そのくせ、首から上は感動にむせび泣いている。あまりにもちぐはぐだ。
乱れる呼吸にむせ返りながら、隣のエイカに目をやると、彼女は歓喜に打ち震えていた。
恍惚の表情。
トワのように、青ざめてはいない。
これが、自分たちのたどる未来だと。
正しい道だと再確認しているようだ。
「せ、センセイ……」
トワは、助けを求めて後ろの栽培員をふり仰いだ。
「トワ。きみ、実に面白いね」
センセイの唇が、大きく弧を描いた。
「きみは他の特異人種とは異なるみたいだ。もしかして、双子だったせいかな。枯れてしまったきみの妹、彼女が植物の特性を多く授かった。そしてトワ……きみは、ヒトとしての性質を、色濃く受け継いだのかもしれないね。だから、芽生えることに恐怖を覚える」
センセイの言葉が理解できない。
尋常ではなく、寒気がして、ただただ気持ち悪かった。
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