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岐路
「ぼく、大柳になんかなりたくないです」
震える手で、センセイの膝にすがりついた。
「温室から出たい。一刻も早く。息苦しかったんです、ずっと」
儀式を目の当たりにする前から、ずっと感じていた。
温室の中は恒常的で居心地がよく、だからこそもどかしい。時おり、息を吸うのも辛くなる。
「季節の風を知りたいんだ。まっすぐ行ったら、山があるのか、海があるのか……それとも、何もないのか」
「それがきみの答えだね」
トワが頷く。
「ふふ、いいねえ。とてもいい。それなら私もお供しようじゃないか」
「センセイも?」
「トワだけじゃ、心配だからね。私も少しばかり、ここの仕事に飽きたんだよ」
儀式が終わったようだ。
エイカは、まだ夢見心地でぼんやりしている。
トワはエイカの肩を揺さぶった。
「エイカ」
熱に浮かされた彼女の瞳が、こちらを見る。
「ねえ聞いて。ぼくは、もうここにはいられない。どうしても温室の外が見たい」
突然、冷や水を浴びせかけられ、エイカが目を剥いた。
「な、何言ってるの? トワ、おかしくなっちゃったの。こわがりのあんたが、外になんか出られるわけないじゃない」
「知るよりも知らないほうが、こわいこともある」
トワは少し笑った。
「そんなの。そんなの、許さないわよ。あたしたち一緒に大柳になるの。そうでしょ? あ、もしかして、そこの狐面のせい? そいつがあんたをたぶらかしたのね」
「違うよ、ぼくが選んだんだ」
「うるさい! あんたはあたしと一緒になるんだから!」
先ほどとは別の涙が、エイカの頬をつたう。
「エイカ、きみの毒舌ね、ぼく、嫌いじゃなかったよ。いつか懐かしく思うのかな」
道はひとつじゃなかった。
ここでお別れなのだと、トワは立ち上がる。
彼女に背を向けて歩き出すと、トワの悪口をメチャクチャに言う、かん高い声が聞こえた。
エイカを悲しませることを心苦しく思う。
彼女はずっと、水草のように寄る辺ないトワを心配していた。
身勝手なエイカ。きっと、きみの幸せは、ぼくの幸せだと思い込んでいたんだね。
愚かで優しい友達、大好きだった。
すすり泣きが遠くなり、やがて聞こえなくなった頃ーートワは初めて、エイカがいたほうを振り返った。
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