特異人種たちの日光浴

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特異人種たちの日光浴

 大昔に「人間は考えるである」という言葉を遺したのは、どこぞの国の有名な哲学者だったが、その人でさえ、思いもしなかっただろう。  人間と植物の(あい)の子のような存在、特異人種(プランツ)がこの世界に認められることになろうとは。  ※※※  トワというのが、その子の名前だった。  特異人種(プランツ)である。  トワにはたくさんの仲間がいた。ヒトの姿をかたどる間、トワは彼らと同じ空間で、同じ時を過ごした。  四方八方をガラスで囲まれた、巨大な温室。  それが、トワたちの世界だった。  温室の広さは、丸1日かかってもまわりきれないほどで、中は起伏に富んだ、自然公園のようなつくりになっている。  ガラス張りの天井から降りそそぐ陽光は柔らかで、その光を受けて流れる川は、緻密に計算された蛇行を描き、時おり岩にぶつかり飛沫をあげる。  川には中洲(なかす)があり、橋がかかっている。水に囲まれたその場所に根ざすのは、母なる大柳である。  どこを見ても、緑が目に()みる。それが心地よく、ここはトワたち特異人種(プランツ)にとって、最高の住処(すみか)にちがいなかった。  トワは、必須栄養素をたっぷり含んだ川の浅瀬に足首をひたし、日光浴する。  膝の上には、絵本を広げている。  本が水で濡れないよう注意しながら、丁寧にページをめくる。  挿絵の上に影が落ちた。  見上げると、悪友のエイカが半眼になっている。 「あんたって、どうしていっつも紙の本を抱えてるの。ディジタルにすればいいじゃない」  余計なお世話だ、とまで言えないが、多少の反論を試みる。 「別にいいだろ。紙の感触が好きなんだよ、安心するから」   「あとそこ。あたしの場所だから。あんたはもっとそっち寄って。スペースいっぱいあるんだから」  場所が空いてるなら、エイカこそ別のところを探せばいい。  口うるさい友人に辟易しながら、トワは言われたとおり、場所を譲る。せっかく、座り心地のいい丸岩だったのに。  睨んだ先のエイカは、我関せずで、水に足を浸し、降りそそぐ日の光を全身で受け止めている。  これが、トワたちの食事だった。  たっぷりの水と光を受け、英気を養う。 「たぁいくつ」  エイカが放った言葉に、不覚にも笑ってしまう。 「きみは一瞬たりとも黙っていられないみたいだね、エイカ」 「だって、退屈なんだもーん。この温室は快適だけど、変化がなさ過ぎなのよ。あーあ、あたしも早く、母なる大柳(マザーウィロウ)になりたいなぁ」  天に向けて、うーんと手足を伸ばすエイカ。  彼女のそんな様子を目に留めながら、トワは首を傾げる。 「それって、そんなにいいもの?」 「何言ってるの、当たり前でしょ。あたしたち、そのために生きてるんじゃない」 「でも、柳になってしまったら、見たり聞いたり、知ったりできなくなるって、栽培員(センセイ)が言ってた。それって少し、こわくない?」  手もとの絵本を閉じて訴えかける。  裏葉色の小袖が水を含み、(もも)に張り付いて気持ち悪かった。 「相変わらず、こわがりなトワ。あたしたちは大柳になって、この国を美しくするの! 世界をもっと緑いっぱいにするのよ。栽培員(センセイ)たちに教わったでしょ。こんな名誉なことってないじゃない」 「うん……」  トワは不安げに視線をさまよわせると、無意識に外の世界を見ようとした。  ここからでは遠すぎる。もう少し高いところに行けば、見えるかもしれない。 「温室の外が気になるの?」  エイカが呆れた顔つきになった。 「外はきっと、ここと同じ景色が続いてるわ。前に一度、ガラス張りの近くまで行ったことあるじゃない。たいして変わらなかった。木々が生い茂ってた、花が咲いてた、虫が飛んでた、以上」  エイカはさっさと話を打ち切りたいらしかった。  トワは、そんなエイカの白く細い手脚を見つめた。身体的特徴は自分とたいして変わらないのに、どことなく、彼女のほうが丸みを帯び、可愛らしく感じる。 「ああ! 見て、カテンたちが帰ってきた。今日はカテンの班が収穫当番だったのね」  エイカは本当にカテンが好きだ。  自分とどこが違うのかと、トワは釈然としない。 「たくさん採れたみたいだね」 「行って話を聞きましょう? カテンたち、今夜が芽生えの儀式(セレモニー)なんだから!」
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