26人が本棚に入れています
本棚に追加
特異人種たちの日光浴
大昔に「人間は考えるイネである」という言葉を遺したのは、どこぞの国の有名な哲学者だったが、その人でさえ、思いもしなかっただろう。
人間と植物の間の子のような存在、特異人種がこの世界に認められることになろうとは。
※※※
トワというのが、その子の名前だった。
特異人種である。
トワにはたくさんの仲間がいた。ヒトの姿をかたどる間、トワは彼らと同じ空間で、同じ時を過ごした。
四方八方をガラスで囲まれた、巨大な温室。
それが、トワたちの世界だった。
温室の広さは、丸1日かかってもまわりきれないほどで、中は起伏に富んだ、自然公園のようなつくりになっている。
ガラス張りの天井から降りそそぐ陽光は柔らかで、その光を受けて流れる川は、緻密に計算された蛇行を描き、時おり岩にぶつかり飛沫をあげる。
川には中洲があり、橋がかかっている。水に囲まれたその場所に根ざすのは、母なる大柳である。
どこを見ても、緑が目に沁みる。それが心地よく、ここはトワたち特異人種にとって、最高の住処にちがいなかった。
トワは、必須栄養素をたっぷり含んだ川の浅瀬に足首をひたし、日光浴する。
膝の上には、絵本を広げている。
本が水で濡れないよう注意しながら、丁寧にページをめくる。
挿絵の上に影が落ちた。
見上げると、悪友のエイカが半眼になっている。
「あんたって、どうしていっつも紙の本を抱えてるの。ディジタルにすればいいじゃない」
余計なお世話だ、とまで言えないが、多少の反論を試みる。
「別にいいだろ。紙の感触が好きなんだよ、安心するから」
「あとそこ。あたしの場所だから。あんたはもっとそっち寄って。スペースいっぱいあるんだから」
場所が空いてるなら、エイカこそ別のところを探せばいい。
口うるさい友人に辟易しながら、トワは言われたとおり、場所を譲る。せっかく、座り心地のいい丸岩だったのに。
睨んだ先のエイカは、我関せずで、水に足を浸し、降りそそぐ日の光を全身で受け止めている。
これが、トワたちの食事だった。
たっぷりの水と光を受け、英気を養う。
「たぁいくつ」
エイカが放った言葉に、不覚にも笑ってしまう。
「きみは一瞬たりとも黙っていられないみたいだね、エイカ」
「だって、退屈なんだもーん。この温室は快適だけど、変化がなさ過ぎなのよ。あーあ、あたしも早く、母なる大柳になりたいなぁ」
天に向けて、うーんと手足を伸ばすエイカ。
彼女のそんな様子を目に留めながら、トワは首を傾げる。
「それって、そんなにいいもの?」
「何言ってるの、当たり前でしょ。あたしたち、そのために生きてるんじゃない」
「でも、柳になってしまったら、見たり聞いたり、知ったりできなくなるって、栽培員が言ってた。それって少し、こわくない?」
手もとの絵本を閉じて訴えかける。
裏葉色の小袖が水を含み、腿に張り付いて気持ち悪かった。
「相変わらず、こわがりなトワ。あたしたちは大柳になって、この国を美しくするの! 世界をもっと緑いっぱいにするのよ。栽培員たちに教わったでしょ。こんな名誉なことってないじゃない」
「うん……」
トワは不安げに視線をさまよわせると、無意識に外の世界を見ようとした。
ここからでは遠すぎる。もう少し高いところに行けば、見えるかもしれない。
「温室の外が気になるの?」
エイカが呆れた顔つきになった。
「外はきっと、ここと同じ景色が続いてるわ。前に一度、ガラス張りの近くまで行ったことあるじゃない。たいして変わらなかった。木々が生い茂ってた、花が咲いてた、虫が飛んでた、以上」
エイカはさっさと話を打ち切りたいらしかった。
トワは、そんなエイカの白く細い手脚を見つめた。身体的特徴は自分とたいして変わらないのに、どことなく、彼女のほうが丸みを帯び、可愛らしく感じる。
「ああ! 見て、カテンたちが帰ってきた。今日はカテンの班が収穫当番だったのね」
エイカは本当にカテンが好きだ。
自分とどこが違うのかと、トワは釈然としない。
「たくさん採れたみたいだね」
「行って話を聞きましょう? カテンたち、今夜が芽生えの儀式なんだから!」
最初のコメントを投稿しよう!