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チャイムが鳴り、二限目の数学が終わった。
次は美術。教室を移動しなければならない。
美術はデッサンの授業。4Bの鉛筆を2本持って、美術室へ向かう。
その時だった。
大声で笑いながら話す男女の集団。
スクールカースト上層部の、いわゆる1軍。
その中の一人が、話に夢中になりすぎて私にぶつかった。
私は、手に持っていた鉛筆を落とした。
私の落とした鉛筆を、その人は踏みつけてしまった。
まさか……
嫌な音がした。
「あ、悪ぃ。」
軽い謝罪。本当は悪いなんて思ってないくせに。
その集団は、鉛筆を踏みつけた一人を、腹を抱えて笑いながらイジり始めた。
「だってしょうがねぇだろ!居たの気付かなかったんだよ。存在感ねぇんだから!」
分かってはいたけど、ショックだった。
分かってはいたけど、悲しかった。
彼らが教室を出た後、3軍にもなれない私はゆっくりとしゃがみ込み、折れた鉛筆を拾った。
もう使い物にならない鉛筆。これじゃあ何も出来ない。
いっそのこと、授業フケてしまおう。私の中の変な勇気がはたらいた。
私は、屋上へ行くと決めた。
教室を出て、美術室とは逆方向の、屋上へ続く階段へ向かった。
「藤巻さん?どこ行くの?」
振り返ると、
クラスメイトの松下君だった。
「次、美術だよね?何でそっち行くの?」
私なんかに声をかけるとは……。
この人、変だよ……。
私のことなんて、ほっといてくれればそれでいいのに……。
「それ、鉛筆……、折れたの?」
私は恥ずかしくなって、折れた鉛筆をスカートのポケットにしまった。
そして、一気に階段へ向かって走った。
「あ、ちょっと!待って!」
松下君は、私を追い掛けてきた。
階段の踊場で、私は松下君に捕らえられた。
「ちょっと待ってよ。逃げなくたっていいじゃん。」
私はただひたすら黙った。
「ねぇ、なんで何も言わないの?」
それでも私はひたすら黙り続けた。
「鉛筆さ、誰かにやられたの?」
何故か私の目から涙が溢れた。
「よし、分かった。じゃあさ、一緒に授業サボろうぜ。」
すると松下君は私の手を引いて、屋上へ向かった。
重い扉が開くと、そこには青空が広がっていた。
「めっちゃ天気いいじゃん!最高だな!」
松下君はとても無邪気だった。
そんな松下君を、私は羨ましく思った。
自分以外の誰かを羨ましいと思ったのは、これが初めてだった。
「ねぇ、ヒカリちゃんってさ、」
「えっ?私の下の名前知ってんの?」
「当たり前だろ、クラスメイトじゃん。ってか、やっと喋ったね。」
松下君がニコッと笑った。
急に恥ずかしくなり、私は思わず目線を反らした。
「じゃあさ、俺の下の名前分かる?」
「レン君、でしょ?」
「当たり。これからは下の名前で呼んでよ。」
それから私たちはずっと話し続けた。不思議と会話は途切れることがなかった。
「なーんだ、ヒカリちゃんってこんなに話すんだね。教室でもいっぱい話そうぜ。席、近いんだし。」
「えっ?私なんかと……?」
「“私なんか” って、言うなよ。俺らもう、これで仲良しだろ?」
レン君はまたニコッと笑った。
一瞬でキュンとした。
チャイムが鳴り、三限目が終わった。
私たちは教室へ戻った。
私は自分の席へ着いた。お日さまに照らされた私の机は、とても熱くなっていた。
私の席の右斜め前に座るレン君は、友達から、三限目に居なかったことを問い詰められていた。
レン君は適当にごまかしていた。
その後、私の方をチラッと見て、またニコッと笑った。
またキュンとさせられた。私は顔が赤くなるのを強く感じ、窓の外に顔を向けた。
昼休み。お弁当を食べ終えた私は、いつもの読書タイム。本を鞄から取り出して、しおりを挟んでおいたページを開いた。
「ねぇ、何読んでるの?俺にも読ませて。」
レン君だった。
「あ、じゃあ……、私が読み終わったら貸すね。」
私とレン君が会話をする様子を、クラスの誰もが驚きの表情で見ていた。
それから毎日レン君は、私に話し掛けてくれた。
そのおかげか、私に話し掛けてくれる人が増えた。
純粋に嬉しかった。
気付けば、私にも友達と呼べる仲間が出来て、輪の中で会話を楽しむようになった。
なんだ、学校って、こんなに楽しいんだ。
右斜め前の君は、もしかして魔法使いだったの…?
ある日の放課後。部活が終わり、校門を出て歩いていた。
「ヒカリちゃん!」
レン君が走って私の元へ来た。
「一緒に帰ろ。」
ドキッとした。
私たちは二人並んで歩いた。楽しく会話を弾ませて、笑顔が絶えなかった。
「レン君、ありがと。レン君のおかげで私、なんか変われた気がする。あの日私に話し掛けてくれて、ホントありがと。」
「俺、なんもしてないよ。ヒカリちゃんが自分の力で出来たことだから。俺はただ……、」
「……ん?」
「ヒカリちゃんのこと、好きなだけだから。」
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