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 通知から開いたニュースサイトの写真の中央には、お茶の間でお騒がせタレントととして名高い桜子ちゃん。 綺麗に手入れされた髪を靡かせてピンクのネイルが彩る指先をこちらにまっすぐ伸ばしゼリフを叫ぶポーズを決めていた。 「あ……この番組、レギュラーになるっていってたな」 独り言を言いつつテーブルの上にスマホを戻す。ほんの数ヶ月前の桜子ちゃんとの会話を思い出した伊織の回想はグルンと回って空に散った。いや、流石に記念たる二十回目の改姓の話題で吹き飛んでたな、と我ながら冷静に解析してみる。  台所で朝の残りの雑炊の鍋に水を足し、ぱぱっと温めて、食器かごの中から唯一底の深い食器であるどんぶりとデザートからメインまで使いまくりの唯一無二のスプーンを取り出す。どんぶりに雑炊をよそり、軽く鍋を洗ったら夕飯の準備は完了だ。伊織はこの家の中の唯一の生活スペースであるリビングに向かった。 料理中の台所や風呂場は危険だから仕方ないが、伊織は基本、自室の灯りをつけない。電気代がもったいないからスマホの明かりだけが伊織にとっての室内灯だ。調理中に暗くなったスマホの画面をもう一度タップする。スマホの画面がほのかに照らす広々としたリビングの真ん中にぽつんと置かれた冬にはこたつも兼用できる小さなテーブルに器を置くと、伊織は朝から置きっ放しだった……というか年中置きっぱなしの毛布にもぞもぞとくるまり、何年も洗ってないそれの匂いを胸いっぱいに吸い込み、ほっとした。 薄くなってしまったけれど伊織を大切に思ってくれるその香りにしばらく埋もれ、ほっとしてから、ゆっくりと雑炊を口にする。 「元気そうでよかった」  照明同様、電気代節約のため、エアコンさえつけていない部屋は夕方の雨でいつもより早くから暗いせいからか少し寒く感じる。雑炊からの温もりを胃袋に感じつつ、伊織は部屋を明るく照らす画面の中の人物の健在ぶりを伝える記事に思わず笑顔と共に再度独り言を口にした。 ファン……とは違うと思う。 暗い部屋で一人で食事をとる伊織にとって、写真の中で満面の笑顔を見せるタレントの桜子ちゃんこと本名深桜(みおう)は凄く近くて凄く遠い人。 表立っては言えないが、伊織にとって実の産みの父だ。
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