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桜子ちゃんは元々夜のお店で働きながら伊織を一人で生んで育ててくれた。
どうすればお客様に喜んでもらえるか?からスタートして、その心遣いをオーナーに気に入られママをまかされたらしい。その後自分のお店を持って、SNSでバズってタレントになった。とは伊織が小さい頃、一時的に面倒を見てくれた、桜子ちゃんの元同僚兼、今は桜子ちゃん経営のアパレル系の会社の役員になってるらしい『おにねぇさん』から昔教えて貰った。
テレビでよく見かけるあのポーズは心理学だか踊りだかの先生と相談して作り上げたものらしい。元々勉強熱心でドラマの知的な主人公の役作りの為に大学の先生の元に通う事もあったから納得だ。そのまま確か一回結婚してた気もするけど。
桜子ちゃんの配偶者になった人の為にだって、その世界の第一人者に一緒に学びにいったり、はるか遠い現地に赴いたり、時には自身の前の配偶者と縁を繋いだりもしていた。
時々桜子ちゃんが伊織の家にやってきた時にだけだが、そのタイミングでかかってきた電話の切れ切れに聞こえる内容と今迄結婚してきた人達の面子から、その努力の凄まじさを理解し、あれは『運』と呼ぶべきものではないと伊織は幼いうちに察した。
そんなだから、桜子ちゃんは仕事に恋に常に全力でいつも忙しい。だから時間が絶対的に足りてない。
すんげー努力してる人だから仕方ないと思う。理解してる。
父一人子一人のΩ家庭なのに伊織がこんなセキュリティの高い高級マンションに一人暮らしさせてもらえたり、生活費や学費を気にしなくてもいいと言ってもらえたりと信じられないくらいにいい暮らしをさせてもらってるのはひとえに桜子ちゃんがすんげー努力をしてるから。わかってる。
わかってる。
伊織が物心がつく頃には忙しい桜子ちゃんは伊織の側にいる事が殆ど無かった。
周りの大人ははっきりは言わなかったが伊織はちゃんとわかっていた。
桜子ちゃんの貴重な時間を伊織なんかが奪ってはいけない。厄介者の伊織なんか甘える時間なんて時間の無駄遣いだ、と。
だから……真っ暗で寒くて、ただただ広いだけのマンションで唯一微かな温もりを与えてくれる毛布にくるまりひとりぼっちなのも当たり前であり、仕方ない。
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