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「起きなさい」
……ん?
「……ん? むにゃ」
「起きなさい」
私に言ってる? 置きなさい?
「むにゃむにゃ、んー、何を? 置く、の?」
「置くのではなくて起きなさい」
「は? だから、何をだよ!」
「え?」
人が気持ちよく寝てるのに、誰だよ!
……ん? はて? 私は一人暮らしだぞ?
高級マンションで一人暮らしだぞ。
え? は? マジで、誰の声?
男の声みたいだけど。なんか、聞いたことのある声みたいな。
誰だったか。
はっ! まさかのストーカー? 私、襲われる!? ヤバいのか?
いや、待て、私。こんな時は慌てず騒がずだ。
「君は何を怒っているのかね」
いやいや、熟睡しているのに起こされたら、誰だって怒るだろ。
私は、そっと薄目を開いた。
私はベッドで寝ているのだが、近くに誰か立っているようだ。
言っておこう、私は空手の三段だ。女性基準のおまけの三段ではなくて、男性基準のガチの三段なのだ。痴漢の1人や2人や10人、いや、10人は無理かもしれないが、痴漢の3人くらいなら倒せる自信は少しある。
言っておこう、空手の五段や七段とか、あれは実績があって長年やっていたらもらえる名誉みたいな段位だ。
本当は三段くらいが1番強い。若くて強いのだ。
しかし、今の私は寝起きなのだ。これが寝起きドッキリじゃないのなら、私はかなりヤバい状態だろう。
しかも、私はベッドに寝ている体勢だし。
ストーカーか強盗か痴漢か知らないが、勝てるのか?
しかし、強盗なら黙って強盗しろよ。痴漢なら、黙って痴漢しろ……いや、それはそれで困るんだが。
「もしかして、寝たのかな」
いや、寝てないし。この状態で二度寝できる奴がいるか?
仕方ない、私の自慢の蹴りか突きをお見舞いしてやろうではないか。
心配するな、殺しはしない。
私は女だが、身長は185センチで体重は……まあ、普通だ。
空手、女子無差別級のオリンピック銀メダリストだぞ、これでも。
金メダリストではないのが残念だ。しかし、世界は広い。私より強い女がいるのだ。残念だが。
金メダリストはロシアのコルチョフさん。
身長2メートルだ。
女で身長2メートルは反則だろ。
足も手も長くてリーチが違いすぎる。いくら無差別級でも反則だろ。
いや、無差別級だからいいんだけど。
まあ、それは今はどうでもいい。
よし、やったるか。
私は意を決した。
「キエー!」
私は飛び起きて敵を攻撃した。何万、何十万回も鍛錬している蹴りと突きを繰り出した。
が、私の攻撃は軽く受け止められた。
「おいおい」
「え?」
「まあ、私の話を聞いてくれるか」
私は空手のオリンピック女子無差別級銀メダリスト。少なくとも、この相手の力量はわかってしまった。
強い。
強すぎる。
この相手には、どんな攻撃も無意味だ。
私は相手の話を聞くことにした。
「……話とは」
「今日、君は告白される」
「はい?」
「鈴木海という男に交際を申し込まれる」
「え?」
「その申し出を断ると大変な事が起こるから、絶対に断らないようにね」
「……あんたは、その、鈴木かい? とかいう男に頼まれたのか?」
「いやいや、私もこの宇宙が消滅すると少し困るから来たんだよ」
「は?」
「簡潔に言うとだね、君がその男と結婚しないと、この宇宙が消滅するんだ」
はて? こいつ、何を言ってるんだ? 宗教関係の人なのか?
「いやいや、それおかしいだろ」
「どこがかな」
「この今の状態も話の全ても」
「必然だよ」
「いやいや、あれ?」
「あれ?」
私の目の前の男性は、もしかして、このマンションの管理人さんか?
毎日のように挨拶しているから、たぶん間違いない。
「もしかして、管理人さん?」
「そう、この身体はね」
「え?」
「私は思念体なんだよ」
「はい?」
「思念体だから思念で会話しろって言われそうだけど、無理なんだ」
「いや、言わんけど」
「地球人と私とでは意識レベルが違いすぎて思念会話なんてできないからね」
おいおい、地球人を馬鹿にしてるのか?
「だから、今はこの身体を借りている」
「いやいや、何を言ってるんだ」
「じゃあ、頼んだよ」
「いやいや。あ、そうだ、頼むも何も、あんた、どうやって私の部屋に入った」
管理人は各部屋のカードキーを持っているのか?
そんな話は聞いてないけど。
「私からしたら、鍵を開けるくらい簡単だから」
「そうなのか?」
「もちろん。じゃあ、私は帰るから」
「え?」
私の目の前の相手、管理人らしい人はスタスタと私の部屋から出ていった。
……これ、警察に通報する案件だよな?
いや、しかし、何て通報するんだ?
特に何もされた気もしないし、何かを盗っていった感じもしない。
一応、貴重品とか確認するか。
現金もカード、アクセサリーとか無くなってないようだ。
窃盗でもないし暴行もされてない。不法侵入くらいか。しかし、奴は帰った。証拠はないし。
しかし、奴は本当に強かった。
まったく勝てる気がしなかった。ヒグマより強い感じがしたし。
空手の世界一の田中さんより強いと思う。
このマンションの管理人さんは、定年退職したおっさんで、小柄なおっさんだ。
どう見ても、空手の世界一のヒグマみたいな田中さんより強いわけがない。
思念体? とやらが取り憑いて強くなってたのか?
時計を確認した。
夜の2時か。
こんな時間に起こしやがって。
こんな時間に警察を呼んでも迷惑だよな。
……寝るか。
私は寝ることにした。もしかしたら、これは夢なのかもしれない。
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