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半日前に出会った男に借用書も無しで100万円を貸して、その男と婚約して同居することになった。
人が聞いたら「お前、正気か?」と言われるだろう。
しかし、これは人知を超えた存在からの指令なので仕方ないのだ。
私が住んでいるマンションの管理人をしている田中さんの指令だ。
今朝の深夜2時に私の部屋に不法侵入してきた田中さんからの指令なのだ。
訳が分からないだろう。私も訳が分からない。
しかし、管理人の田中さんは、オリンピックの空手男子金メダリストの田中さんより強かった。
金メダリストの田中さんが相手にならないレベルで強かったのだ。
管理人の田中さんは65歳の定年退職した小柄なおっさんだ。
幼なじみの同僚の話では、格闘技とかの経験はないらしい。
これはもう、人知を超えた物が憑依していたとしか考えられない。
なので、私は管理人の田中さんの指令に従うことにしたのだ。
まあ、婚約した鈴木海が良い物件だったし。
悪い物件なら断っていた。世界や宇宙がどうなろうが断っただろう。
幸いに、鈴木海は身長185センチの女の私より背が高く、家事はできるし料理も得意らしい。
「ただいま」
鈴木海が誰もいない家の奥へ向かって「ただいま」と言った。
「誰もいないぞ」
「うん」
「誰に言ったんだ?」
まさかこいつ、霊能者か? この部屋には何か存在しているのか?
「家に帰ったら『ただいま』って言わない?」
「誰かいたら言うけど」
「なるほど」
お前の料理の腕前とやらを見せてもらおうか。
「海、何か作ってくれ」
「男の子と女の子、どっち?」
「いや、子作りじゃなくて料理を」
「うん」
男の子と女の子って、選んで作れるのか?
知らんけど。
海の作った料理は美味かった。
「美味いな」
「まあ、俺は完全味覚だから」
「あ?」
「知らない?」
「何を」
「俺が完全味覚って」
「知らんけど」
「なるほど」
いや、知ってるわけないだろ。
「完全味覚って事は、一度食べた料理は完全に再現できるんだな」
「完全にって意味で言うと、完全に同じ材料があれば」
「なるほど」
これは良いお婿さんだ。
どうやら、この鈴木海は超ハイスペック人間らしい。
食事が終わり、海は片付けをしている。
うん、これは楽だな。
私はトレーニングを始めた。
トレーニングが終わってリビングに戻ると、海は英字新聞を読んでいる。
「海、英字新聞を読めるのか?」
「うん」
「もしかして、完全記憶か?」
「完全じゃないよ、だいたい」
「だいたい?」
「見たり聞いたりしたことは……そうだね、98%くらい」
「98%は覚えるのか?」
「体感的に、それくらいかな」
こいつ、すげえな。
「お前、どうして東洋体育大学なんかに入ったんだ?」
「え?」
「ほぼ完全記憶なら東京大学でも余裕だろ」
「銀花と結婚したいと思って」
「は?」
「俺、銀花のファンだから」
「なるほど」
こいつ、私のストーカーをするつもりだったんだな。
「同じ大学で仲良くなったら、ワンチャンあるかと思ったんだ」
「ワンチャン、あったな」
「そういえばさ」
「ん?」
「マヨネーズに玉ねぎや茹で卵を混ぜるの、何だっけ」
「あ?」
「忘れたんだ」
まあ、2%は忘れるらしいからな。私も忘れた。何だったか。
「何とかソースだったな」
「ナントカソースか。分かった」
「違うぞ」
「え?」
「何とかは、○○って意味だ」
「なるほど。マルマルソースだね」
「違う」
「え?」
こいつ、天才か天然か分からん奴だな。
「ホニャララ、ソースだ」
「正解はホニャララソースだね」
「うん」
「ありがとう」
もう、マヨネーズに玉ねぎと茹で卵を混ぜたソースはホニャララソースでいい。
「で、何でホニャララソースなんだ」
「明日はエビフライを食べたいと思って」
「なるほど。エビフライにはホニャララソースだよな」
「うん」
買い物用に現金を渡しておくか。
「これで買い出ししてくれ」
海に一万円札を渡した。
「うん。これは何日分?」
「1日」
「毎日、一万円?」
「そう」
「分かった」
「ちゃんと使えよ」
「え?」
「食材は1000円にして、残りを小遣いとかにするなよ」
「うん」
「さて、風呂に入るぞ」
「うん」
海は立ち上がらない。
「おい」
「ん?」
「風呂に入るぞ」
「うん」
海は英字新聞を読み出した。
「立てよ」
「え?」
「風呂に入るぞ」
「もしかして、俺も一緒に?」
「そうだ」
「なるほど」
海の身体をチェックしないとな。
素っ裸になった海の全身をチェックした。
「ちょっとたるんでるな」
「まあ、俺は銀花と違って筋トレとかしないし」
「明日から、トレーニングジムに通え」
「うん」
風呂を出た。
さて、今夜はどうするか。
「で、どうする」
「何を?」
「夜の営み」
「あ、してもいいならしたいけど」
「避妊具は持ってないぞ」
「俺も」
「なら、無理だな」
「うん」
「まあ、手でやってやる」
「ありがとう」
どうせなら、風呂でやったら良かったな。
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