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「……ん? そば派とは意外な」
十代の女子というのは、甘い揚げの乗ったきつねうどんに惹かれるものだとばかり思っていた笹崎は、興味深げに頷きながら残った赤いカップを手に取る。
「えっと、どっちも大好きなんですけど……先生が作ってくれたのを食べたいなと」
「……………え?」
二度目のタイマーが鳴る。心臓が跳ねたのはそのせいか、それとも。目の前の少女は花が咲いたような笑顔。
「誰かが作ってくれたご飯って、美味しいですもん!」
「いや、お湯注ぐだけのカップ麺だぞ」
「それでもです。誰かと一緒に食べるのも美味しいですよね」
「そんなもんなのかな」
琳の家は母子家庭。母親は夜の工場で働いているため、いつも一人で食事をしているという。かたや笹崎も一人暮らしが長い。特に田舎に引っ込んでからは、こうやって誰かと食事をする機会などないに等しかった。
そろって笑い、箸を割る。そして、手を合わせた。男性を目の前にしても、恥じらう様子などみじんも見せず勢いよく麺をすする琳。清々しいまでの姿はむしろ好ましく映る。
「はぁー、おいしい。天ぷらまで乗ってるなんて、ぜいたくだなあ」
笹崎は幸せそうにそばを頬張る琳を見て、あることを閃いた。うどんの油揚げをつまみ上げると、手招きをするようにふらふらと揺らす。
「……なあ、これ食べるか? あ、もちろんまだ口はつけてないぞ」
吸い寄せられる緑のカップ。琳の瞳はまるで星屑を吸い込んだかのように光り輝いていた。
「……いいんですか?」
「別にいいよ。こっちも好きなんだろ?」
琳が頷いたので、笹崎は差し出されたカップに揚げを慎重に下ろす。同じカップの中で並ぶ天ぷらと油揚げ。ささいなことだが、この少女にとってはこの上なく幸せなことのようだった。
「あああ、お揚げも天ぷらもだなんて、すごい贅沢……生きててよかった……先生、一生ついていきます」
「おいおい…………なんでだよ。そう自分を安売りするな」
油揚げ一枚で人生を捧げられても困ると、苦笑いで琳を諭してから笹崎も麺をすすった。カツオと昆布が香る出汁をひと口飲めば、冷えた体と空腹が一気に癒やされていく。
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