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7 激痛で撃沈
疲れて寝て起きたら、全身が鉄のようにガチガチで痛くて起き上がれなかった。
「ん? イザベラ様? まだお休みですか?」
「ああ、ラスムス……何時?」
「朝10時ですが。よかった。人並みに朝寝坊もされるのですね」
「違うの……筋肉痛で、死んでる」
「ああ」
ああ、じゃないのよ。
「後で特製の軟膏と貼り薬をお持ちしますね」
「愛してる。で、あなたは何ザベラ?」
「あー。287ザベラでした。我ながら自分の衰えっぷりに泣きましたよ」
「鍛錬復帰直後なんてそんなもんよ。よくやったわ」
「1日に1000回だと、僕みたいな模範囚としては物理的に時間が足りない事が最大の悩みです」
「累計よ」
「え?」
「累計。疲れたら腕立てとか空気椅子を挟んで、累計1000回を目標に発散してるの。最低1日300回、あわよくば400回。1000回を達成したら、リアムを殺すの」
「ああ」
だから、ああじゃないのよ。
サラッと納得してんじゃないわよ。
「そうだ。懸垂器、本当にありがとう。手を掛ける所が絶妙な形に削られてて、強度を保ちつつ指が食い込むツルツルゴリゴリ設計に感動したわ」
「恐れ入ります♪」
「我慢できなくて、30回触るつもりが気づいたら200回やってた」
「作業が増えて負担になってしまったのかもしれませんね」
「軟弱なこの体が悪いのよ」
「ああ、陛下の基準はソコなんですね」
「どこ?」
「腹筋1000回未満で筋肉痛は軟弱」
「あたりまえでしょ。累計なのよ?」
そんな話を延々としていたら、気が紛れた。
ただ模範囚のラスムスに暇な時間はなく、適当な所で切り上げて石扉の前から去っていった。
「……退屈」
あと、痛い。
燭台を灯すのも億劫で、私は石造りである事さえ忘れそうな真っ暗な天井を眺めて時間を潰した。
「元王妃イザベラ・オクセンシェルナ。昼食だ」
「……置いといて」
「は……っ!? なっ、なんだ……ぐ、ぐぐ、具合が悪いのか……!?」
看守は看守で、私の体調を心配してくれているみたい。
それで、心配した看守が監獄長ランツを連れて戻って来た。
「あのー。他意はないですが、もしかして、妊娠?」
「はあっ!? ア゛ゥ」
怒りが爆発して、力んだら筋肉痛に撃沈した。
「早めに医者を手配しますが?」
「結構よ……ぅ、違うの。筋肉痛」
「筋…………しまった。元王妃は体を鍛えて脱獄する気だ」
ランツって、平和ボケしてるわよね。
ここには懸垂器があるのよ?
知らないでしょう?
「大丈夫。あなたは殺さない」
「気晴らしに、編み物でもされたらよいのでは」
「死にたいの? ゆっくり絞め殺すわよ?」
「すみません。ごゆっくり」
ランツを追い返し、清々してから不安になった。
もっと粗食にされたら、さすがに悲しい。
「イザベラ様? お昼は? 召し上がりました?」
しばらくして、またラスムスが訪れた。
「そこに置いてない?」
「いえ? 手を付けないうちに下げられてしまったのですね」
「やっぱり。脅したから仕返しされたわ」
「ピッツァをお持ちしました」
まじ?
「陛下の寝床はどの辺りなんでしょう? ゆっくり入れますから、角度を教えてください」
「……な、なにするの?」
できる限り首を曲げて、あとは目玉を回して食事用の小窓を見ると、小さな蝋燭が灯された。それはギリギリ通り抜けるサイズの板に乗せられ、板はズイズイと中に入って来た。
「もっと右」
「陛下から見て? 僕から見て?」
「あなたから見てもっと右」
「右、ですね……」
チャリチャリチャリ……と音がして、小ぶりな滑車式、もしくは歯車式の装置なのだとわかる。
「奥よ……」
「ここですね」
「そうよ……ああ、いい感じ」
ついに蝋燭の乗った板は私の顔の前まで来た。
板には蝋燭の他に、薄い油紙が5段重ねられていた。
「ふあっ」
筋肉痛を堪えて腕を持ち上げ、油紙を掴む。
中にはもちろん、ラスムスが焼いてくれた熱々のピッツァ。
「ああ、ラス……っ! 最高よ……ッ!!」
「召し上がれ♪」
「おいひぃわっ」
ピッツァを食べている間に、ラスムスは同じ装置で特製の軟膏と貼り薬を突っ込んでくれた。
「少し臭いがキツイですが、我慢して塗ってください」
「辛いのは臭いじゃなくて痛さよ──くっさッ!!」
油紙が優秀すぎて、気づかなかった。
臭かった。
本当に、体が鈍ると碌な事ないわね。
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