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9 孤島で存命
釣り真っ最中のラスムスと背中合わせに座って、双眼鏡を覗いて、見渡す限り、海、海、海。
床でビチビチに跳ね散らかす魚が、足首に当たって鬱陶しい。
ふふふ……
そうしていられるのも、今のうちだけよ。
地獄の業火でこんがり美味しく焼いてやるんだから。
「ラス」
「さっき食べたでしょう、陛下」
「そうじゃなくて。この魚たちのように、私たちも陸に上がりたいわねって言おうと思っただけ。世間話よ」
「ああ、そうですね。それで、歓喜に打ち震えて、撓りまくって跳ね散らかすのですね」
「跳ねなくてもいい。私は」
「活きの良さにつけては、あなたがダントツですよ」
「あら。私を焼いて食べちゃダメよ」
「むしろ僕はあなたに生焼き加減で食べられたい」
「またまた」
「おっ!」
また一匹釣れた。
万が一、ボートが燃えても困るという事で、ラスムスが波に浮かぶ小型の焚火を作った。
削っても支障のない位置から手頃なサイズの板材を調達し、上に石を起き、鉄製の矢と小型ナイフを組み、砂を敷いて、それを縄でボートと繋いで傍に漂わせつつ魚を焼いたのだ。一生ラスムスと生きていきたいと本気で思った。
失敗したら、持ち出した燻製肉を食べればいい。
備えを万全にしすぎてもつまらないけれど、食料については備えが肝心。
ちなみに海上の焚火は今、ラスムスが孤島トラモギで模範囚をしながら作製したという手製の蒸留器を炙っている。
骨壺ほどの厚いガラス瓶の中に海水を入れ、そこに小ぶりな空の瓶を入れ、鉄製の蓋をする。蓋は蓋でボウルのようになっているので海水を入れる。これで中と外の温度差ができるらしい。で、下から炙ると小ぶりな空の瓶に蒸留水が溜まっていくそうだ。
実際、もう2回飲んだ。お湯だった。
難しい事はよくわからないけれど凄い。
ラスムスには毎度、実に感心させられるわ。
「あ、ラス」
「どうしました? また渡り鳥ですか? 銃の弾はクソ忌々しいリサのためにとっておこうって、さっき決めたばかりですよ」
リサというのはどちらが言い出したが忘れたけれど、リアムとテレサの略。
それにしたって、そんなに呆れた様子で言わなくたっていいじゃない。飛んでる鳥を見て食欲が沸いて、なにが悪いのよ。
自分だって状況が許せば食べたいくせに。
今まさに許されそうなのよ、ラスムス。
「いえ、そうじゃなくて島」
「……はい?」
信じてないわね。
食い意地を張ってるからって、鶏のソテーを渇望しすぎて幻覚を見始めたと思われているのかも。
「島よ。しぃーーーーまぁーーーー」
噛んで含むように言ってあげた。
「どれどれ」
釣り竿(携帯しやすい折り畳み式・ラスムス製)を手早く片付けたラスムスが、私の肩の辺りにぬっと顔を出して来た。
頬が触れた。
若干の胸の高鳴りを、気づかなかった事にする。
「ほら」
私は双眼鏡を横にずらし、ラスムスの目元に宛がった。
「ファアッ!!」
ラスムスは奇声をあげたかと思うと、超ド級の勢いでボートを漕ぎ始めた。
「あっ!」
漂う焚火が!
飲み水が!
「そんなのまた作ればいいんです! うおおおおおおっ」
「でもっ、あなたの力作が!」
「今は陸です! 陛下ッ!! ぬおおおおおおっ」
「はっ、速い……!」
こうして私たちは短い漂流を終えた。
砂にボートの先が乗り上げて、ラスムスが飛び降り、振り返り、片膝をついて恭しく手を差し出してくる。
「陛下」
それどころじゃない。
「陸よぉぉぉぉぉぉっ!!」
私も飛び降りて、砂を踏みしめ、踏みしめ、踏み散らかした。
これが生命のダンス!
「おお。ピチピチですね」
ラスムスが何事もなかったかのように立ちあがり、わずかな積荷を下ろし始める。
「さあ、ラス! 活きのいい獣を探しましょう!!」
「どうぞいってらっしゃい、陛下。僕は丸焼き用のナイスな焚火を準備します。煙を頼りに、夕陽が赤いうちに戻って来てくださいね。はい、ナイフ」
漲るわぁ~っ!
生きてるって素晴らしいィィィィィッ!!
「任せてッ!!」
ラスムスと二人きり。
楽しい島暮らしの始まり始まり。
そして、串焼きにした魚と丸焼きにしたイノシシにかぶりつき、熱い夜を迎えたのだった。
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