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春休みの校舎
それから1時間、同窓会は盛り上がる一方だというのに、わたしはやっぱりのりきれない。どこかみんなわたしの外側で騒いでいるようで、わたしはまるで小瓶の中からみんなを見ているようで。
一人抜けだし、校舎の中を歩き回る。
春休みの校舎は静まりかえって、わたしの足音以外何も聞こえない。
「学校って賑やかなイメージしかなかったのに、こんなに静かな時もあるんだ……」
南校舎に行ってみた。
好きな本を放課後夢中で読んだ2階の図書室。ちょっと陰になったカウンターの後ろで男子が変な本見つけて騒いでたっけ。
3階の理科室には気味の悪い標本がいろいろ飾られていた。小川くんがよくふざけてわたしの筆箱をあのイノシシのガイコツの口に挟んで嫌だったな。
「フフ……」
ふっと笑いがもれた。当時あんなに嫌だったのに、今思い出すと懐かしい。
(後で小川くんに文句言わなきゃ)
4階に上がってみる。
踊り場の辺りで誰かがピアノを弾いているような音が聞こえた。
(誰だろう? 春休みだというのに)
長い日当たりのいい廊下の突き当たりに音楽室はあった。
(きっと若い先生がピアノの練習をしてるんだわ)
ふと窓に目をやると、隣の神社の楠木が見えた。手を伸ばせば届きそうな木々のてっぺんに思わず触りたくなる。
(この窓から見る景色が好きだったな)
そんなことを考えながらピアノに惹かれ、音楽室まで歩いて行った。
扉にそっと手をかける。
ガラ、ガラ……。
扉の音はあの頃とちっとも変わらない。わたしはゆっくり中を覗いてみた。
(えっ)
誰もいない。
ピアノの蓋が開いていた。
(やっぱり誰かいたんじゃないの?)
「誰かいますか?」
返事はない。
(準備室?)
準備室のドアを開けた。
誰もいない。
(反対の扉から出ていっちゃったのかな)
ちょっと戸惑いながら、わたしはピアノに近づき、椅子に座ってみた。譜面台に楽譜が開いたまま置いてある。
(知ってる。この曲)
中3までピアノを習っていたわたしは久々に弾きたくなった。
椅子に座り、そっと鍵盤を押してみる。
ハンマーの確かな重みが伝わり、弦はわたしの期待に応えてゆっくり空気を震わせた。重みのある波動で静かな音楽室の空気が震えた。
音は天井や壁でこだまし、再びわたしの耳元で調合される。
わたしはなんだか心地よくなり、次々弾きたくなった。何年も経って忘れ物を取りに来た小学生のように。昔を思い出して、あの頃の自分に戻るように……。
(ああ、頭の中が空になっていくわ)
音符はわたしの体に心地よく響き、残響が床の上に積もっていった。旋律と鼓動の波に揺られて、その底の方でわたしは満たされて行く。
(なんだかとても気持ちいい。でも、どうして? 何故だか眠くなって……)
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