先生

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先生

 どれくらい時間が経ったのだろう。 「大丈夫?」 (えっ……)  目を開けあけると横に岡田先生が立っておられた。 「あっ、先生!」 「こんなところで寝てると風邪をひくよ」  寝顔を見られたと思うと、急に恥ずかしくなった。 「わたし、どうしたんだろ。ピアノを弾いていたら凄く眠くなって、それで……」 「ほら顔にピアノの跡がついてる」  そう言って岡田先生はわたしの頭を撫でてくれた。恥ずかしくて慌てて頬に手をやる。顔が急に熱くなった。 (そうだ。わたしはこうしてよく先生に頭を撫でられていた)  わたしは忘れていた大切なことを思い出し始めた。 「先生」 「何だい?」 「あの、……わたし、先生にずっと言いたいことがあって……」  先生はあの頃と変わらない目でわたしを見ながら言われた。 「何だろう?」 「わたし、いつも先生に……」 「いつも?」 「先生に、いつもいけないことばかり言って」 「そうだったかい?」  岡田先生が新任で赴任して来られた時、それまでおじいちゃんやおばあちゃんのような年齢の先生ばかりに教えられて来たわたしは、若い男の先生に何故だかとても気後れしてしまった。 「わたし、いつも先生に素直になれなくて……、ほんとに可愛くない子で……」 「……」 「でも、それがずっと気になったまま、会って謝りたいと思ってました」 「そんなこと、思ってたの」  先生はあの頃と変わらぬ笑顔でにっこりしたかと思うと、窓際の方に歩いて外を眺めた。 「ここはほんとに眺めがいいよね」  そう言えば思い出した。先生もよく放課後、ここでピアノの練習をしていた。 周りのみんながあんまり素直に岡田先生にくっついて行くのを見て、本当はとても羨ましかった。わたしはそれができない子だったから。 「大人になった今ならわかるんです。どうしてあんなことをしたのかって」  今、わたしはあの頃の先生と同じくらいの年になった。そして先生と同じ教職の道を目指している。 「どうして?」  振り返った岡田先生が尋ねた。 「それは、きっと……」  言葉が詰まって上手く出てこない。 (言わなきゃ、ずっと言いたかったこと) 「それは、きっと?」 「それは、きっと……」  逆光でシルエットしか見えない。眩しそうにしていると、先生は再び近づき、わたしの前で低くなった。 「どうしたの?」  目と目が合った。 「あっ、この目……」  その懐かしい目を見て、わたしは思わず泣きそうになった。そう、わたしはこの目をずっと忘れようとしてきた。 卒業式の日さえ素直になれなかった。 (あっ、だめ、やっぱり言えない)  その時、先生の顔がふっと緩んだ。 「わかってたよ」 (えっ?) 「美玲の思ってることは、いつもわかってたつもりだよ」  そう言うと先生は再びにこり笑顔になった。 (わかってた? 先生、それってどういうこと? ほんと……?)  頭が混乱して真っ白になった。 「先生、あの……」
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