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翌日11時ごろ。お昼前にキッチンカーを訪れた。「ひーくん」と声を掛けると、比佐はわずかに驚いた顔をした。しかし私の姿に気がつくと、すぐに顔をほころばせた。
――よかった、忘れられてなかった。
ほっと心をなでおろした。
「えっちゃん。元気?」
「元気だよ。年相応にガタは来ているけどね」
比佐を見上げて苦笑する。今日も真っ黒な長袖シャツに白いエプロン姿だ。秋で肌寒いとはいえ、揚げ物用ガスフライヤーの前で暑くはないのだろうか。
比佐のつけているヘアバンドに、大手食品メーカーのロゴが入っているのを見つけ、だいぶ長くキッチンカーを運営しているのかなと考えた。
「そういえば断ったんだって?」
「なんの?」
とぼけた顔で比佐は「え?」と聞き返す。
「私の働いてる、ニッポン食油のコンベンション。実演企画を断ったって聞いたよ。遠慮なんかしなくていいのに。うちの部下たちにもトンダ食堂のキッチンカーは凄く人気があるんだよ。自信持って。何か不安な点でもあった?」
「あー……」
比佐はバツの悪そうな顔で、低い声を漏らしながら、一歩後ずさった。
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