5.独身4日目

3/7
前へ
/98ページ
次へ
 聞かないほうがよかっただろうか。反射的に「すまん。立ち入ったことを」と言った。 「ううん、違う。えっちゃんは関係ないから。ごめんなさい。顔上げて」  お詫びといっては何だけど……、と比佐はフライヤーからじゅわっとちいさなかけらを取り出した。  サクサクと包丁で切る、軽快な音がする。菜箸で紙皿に二切れ取り分けられ、そしてカウンター越しに「はい」と手渡された。 「これ……、とんかつ?」 「うん。試食。よかったら食べてほしい」  立ち話も長引いて、身体が少し冷えてきたところだったのでちょうど嬉しく思った。礼を言って受け取る。もうコートを羽織っていても寒い季節が近づいていた。  つまようじの刺さったとんかつを口に運ぶ。じゅわっと肉汁が溢れ、熱々揚げたての衣が噛みしめるたびにサクサクとした食感となる。 「美味しい?」 「うん。美味しいよ」  でも、味は分からなかった。未だに味覚が鈍化した日々が続いている。 「あと」  比佐が笑顔で私に言葉を促した。 「なんか隠し味に気づかない?」 「……うーん?」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

609人が本棚に入れています
本棚に追加