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聞かないほうがよかっただろうか。反射的に「すまん。立ち入ったことを」と言った。
「ううん、違う。えっちゃんは関係ないから。ごめんなさい。顔上げて」
お詫びといっては何だけど……、と比佐はフライヤーからじゅわっとちいさなかけらを取り出した。
サクサクと包丁で切る、軽快な音がする。菜箸で紙皿に二切れ取り分けられ、そしてカウンター越しに「はい」と手渡された。
「これ……、とんかつ?」
「うん。試食。よかったら食べてほしい」
立ち話も長引いて、身体が少し冷えてきたところだったのでちょうど嬉しく思った。礼を言って受け取る。もうコートを羽織っていても寒い季節が近づいていた。
つまようじの刺さったとんかつを口に運ぶ。じゅわっと肉汁が溢れ、熱々揚げたての衣が噛みしめるたびにサクサクとした食感となる。
「美味しい?」
「うん。美味しいよ」
でも、味は分からなかった。未だに味覚が鈍化した日々が続いている。
「あと」
比佐が笑顔で私に言葉を促した。
「なんか隠し味に気づかない?」
「……うーん?」
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