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残業を終え、わたしは会社の外に出た。誰もいないと思っていたのに、突如行く手を阻まれる。恐る恐る顔を上げると、見知った顔が立っていた。
「……何でこんなところに?」
「えっちゃん」
さめざめと降る雨の中で比佐が佇んでいた。LEDの街灯が、雨粒の軌跡をまっすぐに照らしている。
雨に濡れた比佐は、ひどく寒々しく見えた。
「夜中に……もう八時、に。何で私の会社に」
「ちょっと用事があって」
どこに? 明かりの落ちた会社前で、用事なんかあるわけない比佐が雨を一身に受けている。
「ニッポン食油に連絡したいことがあって、その、しづらいんだったら、私のところに直接連絡くれてもよかったのに。そうすれば、コンベンションのことも上手く伝え――」
「……違うから」
ムッとした声で私の言葉を遮った。雨はバラバラと音を立て、次第に強くなってきた。手に握る傘が、大粒の雨に揺れる。
「…………そう、か」
ここにいた理由に納得はいかないけれど、私は雨に濡れた比佐に傘を差し出した。比佐をこのままにしてはおけない。同じ傘の下に入ると、肩がぶつかった。触れた肩口から、ふわりと花の匂いがした。
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