6.独身8日目 ☆

4/13
前へ
/98ページ
次へ
「ありがと」  低く呟く比佐の声にはっとして顔を見上げたら、青白い顔に、長いまつげが濡れて光っていた。 「そんな黒ずくめで出歩いてたら車に轢かれるぞ」 「仕方ないじゃないですか。黒シャツしか持ってないんだ」 「葬儀屋かよ」 「とんかつ屋だけどね」  駅の方へ歩きながら茶化すと、比佐は憂いを帯びた眼差しで私を見た。 「というか」  足を止める。 「家ってどこなの?」  昔と同じ地元に住み続けているのならば、私の家と逆方向。 「えっちゃんちに泊めてほしい」  質問には答えず、比佐はただ要求をする。「おい」と言い返そうにも、180センチ超ありそうな比佐に見下され、萎縮した。鋭い眼光が私を試しているように感じた。  こちらが答えあぐねて黙っていると、比佐がさらに言葉を重ねた。 「離婚したんだよね」 「……え」  何で知っているんだ。  誰にも伝えていないことを、比佐は知っていた。 「約束したのに、何で破ったのかなあ……」  傘を奪い取られ、比佐はすたすたと夜道を歩く。顔をしとしと降る雨に濡らしながら、慌てて追いかけた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

609人が本棚に入れています
本棚に追加