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もちろん、弁当を持参したり社員食堂の素うどんを昼食にした方が経済的だ。だが私を含め、このエリアで働く人はキッチンカーによる移動販売を楽しんでいて、それによって東京でも随一のキッチンカー激戦区となっていた。
ぷらぷらと目ぼしい昼食がないかと探し歩く。
チキンカレー、から揚げ、プルコギ、クレープ、揚げパンに、メロンパン。
クレープは昼食に含まれるのか? 無意味な自問自答をする。
そんな中、
「えっちゃん」
と呼ぶ声がした。
はたと足を止める。聞き間違いだろうか? きょろきょろと周りを見渡した。
妻は、自分のことを英司さんと呼んでいた。
父母は、英司くん。
えっちゃんと呼ぶのは、近所に住んでいた年下のひーくん位だ。本名は何だっけ、思い出すことができない――。
「えっちゃん!」
白色のキッチンカーから、黒いシャツの青年が身を乗り出していた。
秋の風に青年の黒髪がそよぐ。涼しいひとえまぶた。その奥にある鳶色の瞳がはっきりと私を見つめている。
目が合ったとたん、十年以上も会っていなかったのに、青年がその幼馴染だということを、落雷にあったように思い出した。
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