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あの年代の男子にありがちな、風貌が不安定で、それをカバーするトゲトゲした甲高い圧というものがすっかり消え失せた比佐を見て、拍子抜けしたというか、驚いた。
味のしない――いや、やわらかいのに金属のような味がするとんかつを咀嚼する。サクサクとした食感と、肉汁がじゅわりとあふれる、その感覚は判るのだが――。
遠くに座るOLも同じプラスチックの弁当容器を膝に抱えている。そして「美味しいね」という声が聞こえてくる。そうか、それならきっとこれも旨いのだろう。
オフィス街の彼女たちは随分舌が肥えていて、財布の紐も硬い。そんな人が節約弁当を差し置いてとんかつ弁当を選ぶくらいなのだから、相当なのだろうと思った。
胃袋に昼食をおさめ、最後に自販機で買った烏龍茶で流し込んだ。会社に戻る途中、キッチンカーの前を通る。その車体には〝トンダのとんかつや。〟とペイントされていた。横切ったところで、片付け中の比佐と目が合い会釈をされた。
「美味しかったよ」
ひとりなのだろうか。忙しそうな比佐に、ひと声かけるだけに留めておいた。こちらも昼休みをダラダラ過ごすわけにはいかない。
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