海が見える

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「クリオネ、私あんまり好きじゃないんだよね」 休憩時間。自席で予習していた僕は、ふと聞こえてきた声についちらりと目をよこしてしまった。 教室の真ん中に女子が5人ほどで固まっている。 僕はあれ以来(僕が一つのアーティストにのめり込むのは珍しいのだが)クリオネにハマっているので、今発言したハスキー声の彼女とは趣味が合わなさそうだ、と思った。しかし、ある程度の好き嫌いは別れるバンドではあると思う。 「なんかダサくない?言い方が遠回しすぎるっていうか」 「わかる!ちょっとクサすぎるよね!」 返答した女子がキンキンした声だったので思わず眉を顰めた。あとダサいクサいまで言わないでもいいと思う。 気に入っているものを罵倒されて不快になった。女子グループを睨みつけたかったがそんな勇気もないのでまた目をそっとよこした。 ふとその女子グループの中に風見が入っているのに気がついた。 ハスキー女子は続ける。 「あと、みんな顔出ししてないのがちょっとカッコつけすぎ。別に顔くらい見せてくれたらいいのにね」 「ほんとそれ!ね!」 意見を言っている(一人は薄っぺらい共感しかしていないが)ハスキー&キンキン女子の他もまた、あー、とか言ったり、ゆるく頷いたりしていた。困惑しているのか、悲しんでいるのかわからない表情の風見を除いて。 僕は心配になった。 彼女はクリオネの大ファンなのだ。自分の好きなものを悪く言われると自分の人間性を否定されたような気持ちになるのは僕でもなんとなくわかる。現に今僕は好きなものの悪口を言われて気分が悪い。 そう思っていると、とうとう風見は口を開いた。 「で、でも、歌詞は難しいかもしれないけど、曲の感じはいいと思うけどな。あと、顔出ししてないのも音楽性を全面に出すためで別にカッコつけてるわけじゃ……」 それから一瞬沈黙が生まれ、ちらりと様子を伺うと、ハスキー女子が不機嫌そうにしていた。 「何?あの歌詞を理解するのに私の頭が足りないっていうの?」 別にそんなつもりで風見が言ったわけではないだろう。僕は流石にムッとする。 「あ、いや…、えーと、歌詞とかがまどろっこしいのはあるね」 優しい。風見、優しすぎる。そして確かにその場は丸く収まったようだが、このモヤモヤはなんだろう。漠然とした苛立ちが僕に残った。 「そうそう、あんま聴かない方がいいって。あ、もうこんな時間。移動教室いこ。じゃあねかざみん、日本史がんば」 「あ、うん。行ってらっしゃい」 そう言って他の女子を引き連れ、ハスキー女子は行ってしまった。ちなみに僕は地理選択のあいつとは教科選択が違うので移動しない。よかった。次も一緒の教室で授業を受けることになっていたら、僕はずっとイライラしていただろうから。名前は覚えていないし覚えるつもりもないが、ハスキー女子は僕の敵と認定する。 鬱憤が溜まったまま、ふと見やると、力無く自席で教科書を開く風見がいた。 俯いているように見えた。 やっぱりさっきの言葉がショックだったのかもしれない。 気がついたら風見の元に近づいている自分がいた。 「風見……さん」 そう言った瞬間、クラス中から視線を感じた。 そうか、確かに朝勉強を教える以外には風見とは接触しないし、そもそも人に話しかけることがほとんどない僕が風見に話しかけたら珍しいのか。気持ちはわかるが、なんだかジロジロ見られるのは気に食わないので、クラスを一瞥すると、すぐに視線は散らばった。 「わ、五十嵐くん。五十嵐くんから話しかけてくれるの初めてだね。どうしたの?あと風見でいいよ」 周りの視線にも気がつかない上に、さっきの雰囲気とは全く違って笑顔の彼女に面食らった僕は、言葉をなんとか探して、小声で絞り出した。 「その、あんま気にしない方がいい」 「……何を?」 「いや、さっき。クリオネのこと、ひどい言いようだったから、風見、しんどいんじゃないかって」 僕がなんとか言葉を連ねると、風見はちょっと考えてからこう言った。 「ああ、大丈夫だよ、愛美結構ズバッと言っちゃうことあるんだよね。いつものこと。それにクリオネの好みは分かれるし」 まだあのハスキー女子を庇う風見だったが、僕は彼女が無理をしていると確信した。絶対クリオネを馬鹿にされて悲しんでいるはずなのだ。僕は怒っているが。 「でもあそこまで言う必要ないし、好きなものを否定されたら腹が立つだろ。あと風見が悲しそうだったから、ちょっと心配になった。そんな顔する風見なんて見たくなかった」 本当は悲しかったのだと言えばいいのに。 そう思って言ったつもりだった。 彼女は、笑顔のまま、わずかながら頬を赤らめたのだ。 そしてはにかみながら、 「ありがとう。五十嵐くん優しいんだね。でもほんとに気にしないで!あ、授業、始まっちゃうよ」 と言われて、無理矢理追い返される。 「あ、そうだな。じゃあ」 そう言って僕は席に着いた。 間が悪い。 先ほどの風見の、少し照れた顔が思い浮かべられた。 なんだかこちらまで恥ずかしくなってきた。 何か変なことを言っただろうか。 自分の発言を頭の中で反芻しているうちに、僕は、風見を心配して近づいたことや、風見の悲しむ顔を見るのが嫌だという感情が、異質であることに気がついた。
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