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プロローグ 吉野玲奈
「おまえみたいな女は世のためひとのために死ねええっ!」
今まさに、両手に刃物を携えた男がわたしに向けて駆けだしていた――
『吉野玲奈』
彼女は知らなかった。
愛するひとの命を犠牲にし、尚、己の命を犠牲にしてまで〝愛〟なんてものを貫こうとする人間がこの世界にいたこと。
彼女の中で〝愛〟はお金に直結する誘惑の甘い蜜だった。
〝愛〟をささやけば男たちは目をぎらつかせて野獣のように体を求めた。
――バカな男達。
彼女は嗤う。
自分を求めれば求めるだけ、その手からお金がこぼれ落ちる。
マクラ営業なんて彼女にとっては取るに足らないものだった。
体の相性が合えば自分も快楽に溺れて楽しめる。
少しずつ少しずつ警戒心の強い小動物をとらえるように、甘くて美味しい罠を幾重にも仕掛けて閉じ込める。男達もそうと知りながら抜けだせない甘美な檻へ。
それが〝愛〟。
多くの男達が閉じ込められたその檻の中から、ひとりの男がいま飛びだそうとしていた。
たったひとつだけの〝真実の愛〟を求めて。
一括りにされた〝バカな男達〟から抜けだすのは、彼にとっても大きな痛みを伴わなければならなかった。
身を削り、血を流し、叫び声をあげて。身も心もズタズタになりながら、たったひとりの女を求めた。
だけどそれはとても歪んだ方法で、まさかその業がこんな形で跳ね返ってくるなんて、彼自身もいまはまだ知らなかった。
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